中学硬式野球の主な5団体の垣根を超えて行われる「エイジェックカップ・グランドチャンピオンシリーズ」と「ジャイアンツカップ」で、それぞれ武蔵府中リトルシニアと取手リトルシニアが優勝した。武蔵府中が優勝した日本選手権を含めて、8月の3つの日本一を関東連盟のチームが完全制覇した。【久我悟】

▶準決勝

武蔵府中リトルシニア 040 000 0=4

兵庫伊丹ヤング 200 010 0=3

【武】折原、髙野、高橋-江川【兵】沖田、土山、樋口-井上[二]竹原(武)

▶決勝

浜松北ボーイズ 002 000 0=2

武蔵府中 003 200 X=5

【浜】杉本、齋藤-藤原【武】高橋、折原[二]松本(浜)

各団体の今夏の王者で争う大会。日本選手権を制して出場権を得た武蔵府中には不安材料があった。MVP右腕の小田基生(3年)がけがをした。その影響もありジャイアンツカップは2回戦で敗れた。今大会にも間に合わなかったが、ダブルヘッダーを勝ち抜いた。

準決勝・兵庫伊丹ヤング戦の6回から登板した高橋湊(3年)が、決勝の浜松北ボーイズ戦は先発して、5回2死まで投げた。小川紀輝監督が「どんなに厳しい試合でも高橋が投げてくれた」と信頼を置く「背番号1」は軽やかに、力強くはねた。「今日は特によく腕が振れました」。以前は肩肘を故障がちだった。2年生の春、小川監督から横手投げを勧められると、その不安がなくなり、強く腕が振れるようになった。

高橋が1日80球の球数制限を迎え、救援した折原紬太(3年)は準決勝に先発して1死しか奪えず満塁の走者を残し降板した。4時間前の乱調を思えば、起用をためらう場面だが小川監督は「昨年秋、一番投げてくれたのが折原でした」という力量を信じた。折原は「緊張と今度こそって気持ちが半々でした」というマウンドで、打者7人を完全に抑えて優勝した。

ヒーローを欠いても、エースが立ちはだかり、輝きを取り戻したヒーローも現れた。ひと夏に2度も日本一になった理由は明快だった。

【竹原がMVP、髙野主将が優秀選手賞】

武蔵府中・竹原廉人(3年=準決勝3安打などで最優秀選手賞と体力測定の「測定賞」を受賞)「笑って終わろうと、話し合ってました。その通り、みんな笑ってプレーする姿が見せられたのがうれしいです」。

武蔵府中・高野煌大主将(3年=準決勝の1回途中から好救援など優秀選手賞)「選手権に優勝して、緊張感に欠けたところがありました。まだ足りませんが、今大会は今できるベストを尽くせました」