第28回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原プロモーション協賛)が7日、決定した。石原裕次郎賞は「日本のいちばん長い日」が選ばれた。授賞式は28日、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで行われ、「日本のいちばん長い日」には裕次郎夫人の石原まき子さんから賞金300万円が贈られる。

 今年は戦後70年。戦争終結に日本を導いた男たちを描いた「日本のいちばん長い日」が石原裕次郎賞を受賞した。原田真人監督(66)は「日本がどこから来て、どこに行くのかを考える時期。それを考える映画を今、作ることができ、意義深い」と語った。

 67年に岡本喜八監督による同名映画が公開された。今回は、原作者半藤一利氏の「日本のいちばん長い日 決定版」と「聖断」をベースに完全新作として描いた。「岡本監督がやりたくてもできなかった」という昭和天皇を真正面から描くことにも挑んだ。岡本版は後ろ姿と声だけだった。原田監督は徹底した取材を重ね、本木雅弘演じる昭和天皇をスクリーンに登場させた。「今回は天皇を描くことしかできていない。10~15年後に、今度は皇室から描いた『日本のいちばん長い日』を描ける社会が訪れてほしい」と期待した。

 米国など海外でも上映され、完成度の高さはもちろんだが、昭和天皇を描いた歴史観に大きな反響があった。メキシコからメキシコ革命の映画化の依頼が舞い込んだ。「詩人堀口大学の父、九萬一(くまいち)が大統領の家族を守った話。合作の話をするためメキシコに行きます」。

 08年に「クライマーズ・ハイ」で石原裕次郎賞を受賞しており、2度目の栄冠となった。「前回同様、自分のギアを上げていける感じがある。裕次郎さんは『栄光への5000キロ』で海外ロケをするなど、世界を視野に入れた映画人。期待に応えられるように進化したい」と力を込めた。

 原田監督は「日本のいちばん長い日」と「駆込み女と駆出し男」で監督賞も受賞した。5歳で映画と出会って以来、戦争映画や時代劇、西部劇を見て育った。監督デビューから36年。「駆込み」は初めての時代劇で、戦争に向き合った「日本のいちばん長い日」も撮った。今年を「集大成的な大きな節目になった1年」と位置付ける。

 「駆込み」は、原作となった井上ひさしさんの小説「東慶寺花だより」を読み込み、時代考証を徹底的に重ねた。時代劇を作り続けてきた京都のスタッフとタッグを組み、まげの長さまで細かく指示を出し、「本物」にこだわった。

 2作品とも時代物だが、エンターテインメント性にもこだわった。「次の世代の作り手を育てるためにもこれで終わらせたくない。本物の時代劇も作り続けていきたい」。【村上幸将】

 ◆原田真人(はらだ・まさと)1949年(昭24)7月3日、静岡県生まれ。79年「さらば映画の友よ インディアンサマー」で監督デビュー。02年の米映画「ラストサムライ」に出演。11年「わが母の記」でモントリオール世界映画祭審査員特別グランプリ。

 ◆日本のいちばん長い日 太平洋戦争末期、日本は連合国からポツダム宣言受諾を迫られた。鈴木貫太郎首相が阿南惟幾陸相らと閣議を続ける中、広島と長崎に原爆が投下。昭和天皇の聖断を受け、内閣は降伏を決断する。

 ◆駆込み女と駆出し男 鎌倉・東慶寺には夫との離縁を求める女が駆け込む。見習医師で駆け出し戯作(げさく)者の信次郎は、女を預かる御用宿・柏屋に居候する。ある日、お吟と、じょごが東慶寺に現れる。

 ◆石原裕次郎賞 戦後を代表する映画スター石原裕次郎さんの遺志を引き継ぎ、石原プロモーションの全面協力で日刊スポーツ映画大賞に併設。興行的にヒットした作品や、完成度の高い娯楽大作に贈られる。賞金300万円。石原裕次郎新人賞は、裕次郎さんをほうふつとさせる将来性豊かな映画デビュー5年以内の新人に贈られる。賞金100万円。選出ハードルは高く、過去28回で受賞者は13人だけ。

 ◆石原裕次郎賞・選考経過 「日本のいちばん長い日」が1回目の投票で選ばれた。「派手な戦争場面を期待しがちだが、そういう描写がないのに手に汗握った」(林雄一郎氏)という意見や「密室の場面も多かったが、俳優を生き生きと演じさせる演出が光った」(伊藤さとり氏)など称賛する声が多かった。

 ◆監督賞・選考経過 原田真人監督が、1回目の投票で過半数を獲得。「どんどん伸びている。今年は歴史もの、時代ものを作って、キャリアの頂点にいった感がある」(木下博通氏)、「米国で学んだ職人的な技量に賞をあげたい」(渡辺武信氏)などの意見が相次いだ。