9日に都内で行われた映画「Vision」の舞台あいさつを取材した。河瀬直美監督(49)がメガホンをとり、世界的女優ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏という国際派のダブル主演。河瀬組に初参加の三代目J Soul Brothers岩田剛典、ファッショナブルないでたちの夏木マリ、フランス語が堪能な美波、そしてもちろん河瀬監督と、舞台上はカンヌをそのまま日本に移したかのような豪華さだった。

 フランス人エッセイストのジャンヌ(ビノシュ)が、幻の薬草「ビジョン」を求め、奈良・吉野の山を訪れるところから、物語は始まる。山守の男(永瀬)や謎の青年(岩田)らと出会い、言葉や文化を超え、次第に心を通わせていく。日本が誇る大自然の神秘を映像化した、河瀬監督ならではの力作だ。

 公開日は偶然にも、河瀬監督と同じくカンヌ映画祭常連の是枝裕和監督(56)の最新作で、今年の同映画祭の最高賞パルムドールを受賞した「万引き家族」と同じだった。舞台あいさつの締めに、あいさつを求められた河瀬監督は、こう切り出した。

 「是枝監督の『万引き家族』も同日公開です。お互い1980年後半、90年代と、日本映画界で映画を作り続けて、いつも並走しているような形で撮り続けています。同じ日に公開というのは初めてです。是枝さんは今年、パルムドールを受賞されました。描かれている世界は、日本社会の見えない部分です。拝見させていただきましたが、この時代、この世界、この先の1歩を、私たちはどう踏み出したらいいのか分からない-そのことを深く考察されている、すばらしい作品だと思います」

 舞台あいさつの登壇者が、同日公開作をネタにすることはよくあるが、河瀬監督の意図は、少し違う気がした。もちろん、自虐をベースにした、軽々しいPRでもない。「同志」なのか、「ライバル」なのか、はたまたその両方か-そこまでの心情は明かさなかったが、日本映画界を支える同業者への、心からのエールに思えた。

 新宿ピカデリー最大の580座を誇るスクリーン1はこの日、多くの女性ファンで満員だった。大半が岩田目当てだった。「Vision」は、おそらく興行的にも成功するだろう。しかし、河瀬監督が客席に求めたのは、「口コミ」でも「ツイッター拡散」でもなかった。「今日ここにいる、ほとんどの岩田さんのファンの皆さん、まだ見ぬ世界のその思いを、私たちと1歩、踏み出して下さい。『万引き家族』も見に行って下さい。そして、『Vision』も見に行っていただけますように…」。映画への敬意、同業者への敬意を、ジョークで包み込んだ言葉に、ビジネスのにおいはない。吉野の森へいざなう、ストーリーテラーのようだった。