21年最後のこのコラム。大阪で起きた心療内科クリニック無差別放火殺人事件にふれざるを得ないことが、やりきれなく、つらい。

25人の命を奪った61歳の男は2019年、死者36人を出した京都アニメーション事件と同様の犯行を狙っていたことがわかってきた。いまも重篤な状態にある男は命をとりとめれば逮捕。その後、刑事責任の有無を問う鑑定留置となるはずだ。

その京アニ事件の被告の男(43)も精神状態をさらに詳しく調べるため、現在2度目の鑑定留置中だ。

振り返れば今年は9月、小田急線車内で36歳の男が「勝ち組っぽかったから」と女子大生に切りつけるなど10人に負傷させ、車内にサラダ油をまいた。10月、京王線車内で「大勢殺して死刑になりたかった」という24歳の男が刃物で17人にけがをさせ、ライターオイルに火をつけた。

事件の罪名はいずれも放火殺人、またはその未遂だ。そして4人の男には、そろって鑑定留置の必要がある。

もとより、こんな事件は断じて許されない。ただ私たちの社会自体も病んではいないか。先日読んだ本で、厳しい階級社会と極端な貧富の差でささくれ立つ英国社会を「ブロークン(壊れた)ブリテン」と表現したBBC放送が、数年前に日本社会を「ブロークンジャパン」と呼んでいたと知った。

だが激しいデモで壊れた社会に怒りをぶつけるイギリスの若者に対して、いまさら自由も変革も求めない若者が大多数という私たちの国。病んでいるなら、社会が目をそらさずに、まっすぐ向かい合おう。そこに一筋の光が見えてこないか。そんな思いのなか、2021年が暮れていく。