「何事も初動を間違うと、最後まで方向性がズレてしまうことが多い。その典型なケースなのかもしれないね」。参院選比例代表に国民民主党から立候補を予定した山尾志桜里元衆院議員(50)が、出馬会見の翌日に「公認予定」を取り消された。その経緯について話を聞いた、ある国会議員の個人的感想だ。
山尾氏が6月10日に開いた参院選出馬会見での、2017年9月に週刊誌に報じられ、その後もくすぶってきた不倫疑惑に関する説明が不十分だったとして、翌11日に党が事実上の公認取り消しを発表。山尾氏に出馬を打診した玉木雄一郎代表は、擁立した場合の参院選への影響を懸念する声が全国の党組織から寄せられたとして「どんな人にもチャンスを与えるのが私たちの政治姿勢。そういう観点から擁立を内定したが、有権者や全国の仲間や支援者から十分な理解と信頼が得られないと判断をした」と説明した。この翌日の12日、山尾氏が党の対応を批判する内容のコメントを発表。その翌日の13日に東京都議選が告示され選挙戦が始まり、今は一時休戦のような状態だが、公の場での「泥仕合」のような、異例の展開をたどっている。
「初動の間違い・その1」は、今回の記者会見でご本人も後悔の念を口にしていが、やはり山尾氏の8年前の対応にあったと思う。
「逃げるんですか!」。衆院議員時代の2017年9月7日、今回も取りざたされた週刊誌の不倫疑惑報道を受け、山尾氏は、当時所属していた民進党に離党届を提出した。冒頭の言葉は、その際の記者会見で、記者との質疑応答なく会場を出ようとする山尾氏の後ろ姿に、女性記者が言葉を突きつけた。報道内容を否定した上で、国会論戦を考え党に迷惑をかけられないとして離党を決めたことなどを書面に目を落としながら語り、語り終わるとそのまま会場を後にしてしまった。会見場にいて、あぜんとしたことを覚えている。
その前年、1人の母親がブログにつづった「保育園落ちた。日本死ね」を国会で取り上げ、待機児童問題について当時の安倍晋三首相を鋭く追及。舌鋒(ぜっぽう)の鋭さと発信力で「民進党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた姿は、そこにはなかった。2週間後、当時の選挙区があった愛知県内で会合を開いた際は取材にも応じたが、その場でも主張は変わらなかった。
離党の少し前、山尾氏には民進党幹事長など重要ポストへの起用案があったが、見送られた。その直後に件の報道が出た。党側は、水面下で報道情報を把握していたのでは、ともいわれた。当時の取材メモには、党要職への起用が見送られた際、山尾氏は「『どうしてこうなってしまったのか教えてほしい』と周辺に相談するなど、危機感は薄かったという」とあった。
今回、8年ぶりに山尾氏の記者会見を取材したが、表情や人当たりを含めて8年前よりかなり穏やかだったが、報道内容についての説明は変わらなかった。「当時話した以上のことは、この場で新しく言葉をつむぐことはご容赦いただきたい。それぞれいろいろな思いの方がいる」というフレーズは、8年前にも同じような内容を口にしていた。「ああ、説明するつもりはないんだな」と悟った。
「生の思いを口にすれば、そうだったのかと思ってくださる方もいるかもしれないが、それを聞いて傷ついたり、いやな思いをしたりする方もいるかもしれない」とも話したが、その思い自体は理解できた。ただ、会見で必ず問われることになる8年前の報道をめぐり、堂々巡りになるような質疑を繰り返せば、自身には大きなマイナスだ。会見を開いてエンドレスで説明し、「説明責任を果たした」として乗り切れると、仮に思っていたのだとしたら、やはり甘かったのではないかと感じる。
その意味では、玉木氏も、「乗り切れる」と思って立候補を打診していたとすれば、これが「初動の間違い・その2」となるように思う。山尾氏は12日に公表したコメントで、「今回問題とされた事柄は、全て公認時に周知されていたこと」とし、事前に執行側から懸念も面談要請もなかったと暴露。その上で、党の都合で記者会見の時期が先延ばしになり、玉木氏と榛葉賀津也幹事長の同席を希望すると「辞退会見なら」というまさかの答えがあったことも、ぶちまけた。
国民民主内部には、山尾氏の公認に、内定決定前から懸念や反対があったと聞いた。そんな状況で公認内定を「強行」し、最終的に「はしごを外す」というみっともない展開になったとすれば、やはり、玉木氏の最初の判断が問われる問題になるように感じる。
山尾氏の公認内定が発表された5月14日、党が東京都内で開いた街頭演説会には、街頭演説は4年ぶりという山尾氏も参加した。
「政治は、本当に多くの方が人生をかけて挑戦し、つくられている。私もあらためて国民民主党の仲間としてチャンスをもらい、再びみなさんんとともに戦う仲間にしていただいた。みなさんが築き上げた信頼を裏切らないという思いでやりたい」。いくつものボタンの掛け違いが招いた今回の混乱劇。今となっては、この時の山尾氏の訴えがむなしく響く。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)


