新型コロナウイルス感染症の拡大が始まってすでに3年目となった今、北朝鮮が突然感染者を発表したことに大きな関心が集まっている。北朝鮮は感染拡大初期の2020年1月末に中朝国境を閉鎖。厳しい感染対策を敷いたことで、これまでコロナ感染者の存在を認めてこなかった。これまで感染者の存在を認めず、またワクチンなどの国際社会からの支援も拒否してきた。また、中朝国境は今でも完全に開放しておらず、貿易もわずかに行われているのみだ。

2022年5月12日、北朝鮮の国営・朝鮮中央通信が、「2022年5月8日に平壌のある一団体の発熱者から採集した検体を分析した結果、オミクロン変異ウイルスBA.2と一致する」と述べ、「コロナウイルスのステルスオミクロン変異ウイルスが流入するという重大な事態がつくり出された」として、「国家防疫事業を最大非常防疫体系へ移行する」との朝鮮労働党中央委員会政治局の決定を発表した。


■死者6人、感染者数35万人

また2022年5月13日の朝鮮中央放送は、4月末から原因不明の熱病が全国的に、爆発的に拡大し、短期間に「35万あまりの発熱者が発生し、そのうち16万2200人あまりが完治した」と報じた。5月12日の1日で全国的に1万8000人あまりの発熱者が新たに発生し、現在まで18万7800万人あまりが隔離・治療を受けており、6人が死亡したという。さらに5月15日には、1日で35万人以上に発熱が出ていると報道した。

従来、北朝鮮は「感染者はゼロ」「ワクチンも不要」と対外的に主張してきた。ここに来て初めて、自国での患者発生を発表したのはなぜか。

「おそらくコロナ感染者が発生したことを確認したのは今回が初めてだろう」と北朝鮮住民も北朝鮮に詳しい中国の研究者らは口をそろえる。北朝鮮情勢に詳しい、韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は「4月末からほぼ確実に新型コロナウイルスの感染が拡大したと思う。おそらく2022年4月25日に行われた軍事パレードなどさまざまな行事があったので、これが重要なきっかけになったかもしれない」と説明する。

一方、中国との関係を理由の一つとする声もある。環日本海経済研究所(新潟市)の三村光弘主任研究員は、「中国の今後の防疫体制と連動させるためだ」と指摘する。「ゼロコロナ政策を進める中国が、現在でも上海など感染者が発生した一部地域をロックダウンしているが、経済への影響を考え2022年秋に開催予定の中国共産党大会をメドに、ウィズコロナ政策へ転換する動きがある。経済的に関係が深い中国がそろそろオープンするので、北朝鮮も国境を開放して経済を活性化させるためには、北朝鮮もウィズコロナ政策へ転換しなければならない。そのための地ならしとして今回発表した可能性がある」(三村氏)

実際に、北朝鮮の国営メディアはこれまで世界の新型コロナ感染者数を連日報道してきた。最近感染者数がやや高止まりしている韓国の状況も含めて報道しているが、感染者数の割には死亡者が少ない傾向にあるため、北朝鮮も「国内の現状を示しても国民は動揺しない」と判断したとも考えられる。

北朝鮮は2021年から住宅建設や都市の再開発などビッグプロジェクトを金正恩・朝鮮労働党総書記の肝いりで始めている。必要な資材を確保するには中朝国境を開放しなければならない。そのためにはコロナの感染状況をより正確に伝えて国民の心配を減らし、経済活動を正常化させようという狙いも垣間見える。

その上で前出のランコフ教授は、北朝鮮が今後とりうる戦略に3つの選択肢があると見ている。(1)感染拡大に目を閉じて集団免疫ができるまで待つ戦略、(2)海外に多くのワクチンを要求する戦略。(3)中国のロックダウンのような強力な封鎖政策の3つだという。

(1)は、「確かに集団免疫は一種の科学的な方法だが、北朝鮮にとっては難しい」とランコフ教授は指摘する。「コロナ禍が始まって以降、前述のように国営メディアでコロナの危険性や致死率について強く報道してきた。その分、国民の新型コロナウイルスに対する恐怖心も相当あるだろう。そのような中で何の措置もしないということはありえず、そうであれば国民からの不満も強く生じるはずだ」(ランコフ教授)。


■ワクチンを受け入れるインフラがない

今後、可能性が高いと思われるのは(2)だ。人口約2400万の北朝鮮にとって、必要なワクチン本数は数千万~1億本となるだろう。国連児童基金(UNICEF、ユニセフ)主導のワクチン共同購入・供給の枠組みであるCOVAXが2022年4月12日、北朝鮮に182万8800回分を割り当てている。

実はこれまで、COVAXが示したワクチン供給を北朝鮮が拒否してきた。COVAXは2022年初めにイギリスのアストラゼネカ製128万8800回分とアメリカ・ノババックス製25万2000回分を割り当てていたが、北朝鮮が受け取る意向を示さなかったので、割り当てが取り消されたのだ。


北朝鮮がこれまでワクチン支援を受け取ろうとしなかったことには、供給に関わる外国人スタッフを入国させたくなかったからとされる。加えて、「配給の不平等を嫌う北朝鮮としては、数百万回分を受け取っても、誰に受けさせるかという問題にぶつかる。選別して接種させると、新たな問題も生じる。それを嫌ったのかもしれない」と前出の三村氏は指摘する。また、コールドチェーンといった運搬インフラ、接種管理システムなどが十分に整備できないことも受け取り拒否につながった可能性がある。


■外国からのワクチン支援を受け入れるか

しかし、感染者発生を公に認めた以上、北朝鮮はより科学的な防疫方法をとらなければならない。優先順位が高いのはワクチン接種となるが、外国からのワクチン支援を受け入れるかどうかが今後の焦点だ。2022年5月10日に就任した韓国の尹錫悦大統領は、すでに全面的な支援を行うことを発表し、北朝鮮にこれを受け入れるよう呼びかけた。

さらに、ウィズコロナ政策への転換をきっかけに対外的に積極姿勢を見せるかどうかが次なる注目点となる。2022年に入り、5月12日までにすでに16回発射しているミサイル開発など、安全保障上の危機や挑発を高めている北朝鮮。今回発表したコロナ感染者の存在と今後の防疫体制をどうしていくのか。そのうえで、通商面でも徐々に開放していくのか。

さらには、現在核実験の実施可能性も取り沙汰され、これまでのミサイル発射と絡め、安全保障面でどう出てくるかも予測不可能だ。北朝鮮を取り巻く情勢は、さらに不透明になってきた。

【福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト】