野球漫画「ドカベン」「野球狂の詩」などで人気を集めた漫画家の水島新司さん(81)が1日、所属事務所を通じて引退を発表した。球界内外問わず、プロから子どもたちまで幅広い世代にファンが多く、影響力は絶大。18年8月に発表した「あぶさん」の読み切りが最後の作品となった。58年のデビューから、63年間の執筆生活は“ゲームセット”となったが、決断した詳しい理由は明らかにしていない。

   ◇   ◇   ◇

いきなりの引退宣言だった。水島さんは所属事務所を通じて「昭和33年(1958年)18歳で漫画家としてデビュー。今日まで63年間頑張って参りましたが、本日を以(もっ)て引退することに決めました」とコメントした。

漫画だけでなく、野球界に多大な影響を与えた功労者でもある。「長年お世話になった出版関係者の皆様、漫画界、野球界、作画スタッフ、そしてなによりも作品を支えてくれた読者の皆様、本当にありがとうございました。これからの漫画界、野球界の発展を心よりお祈り申し上げます」。静かな“サヨナラ”劇だった。

58年、大阪・日の丸文庫の新人漫画コンクールに「深夜の客」を投稿し、デビューした。70年には週刊少年チャンピオン(秋田書店)で「男どアホウ甲子園」が最初の大ヒット。72年からは「野球狂の詩」、週刊少年チャンピオンで「ドカベン」を連載開始。73年からはビッグコミックオリジナル(小学館)で「あぶさん」と数々のヒットを量産し続けた。

単行本累計203巻で18年6月28日発売号で46年間の終止符がうたれた「ドカベン」は主人公のスラッガー山田太郎、サブマリン里中智、悪球打ちの岩鬼正美、ピアノの能力も生かした秘打を生む殿馬一人など個性豊かな選手で人気を博した。彼らを参考にしたプロ野球選手も数多い。校名の「明訓」は水島さんが憧れていた新潟明訓高がモデル。甲子園でも作品を読んでルールを勉強し、冷静に得点を奪った選手もいた。「野球狂の詩」では女子プロ野球選手・水原勇気が登場。吉田えり、片岡安祐美ら女性プロ選手を目指すきっかけを与えた。

球界への功労は、この日に野球殿堂博物館から発表された「殿堂入り候補者」に名を連ねるほどだった。同館によると「心境の変化があった」と理由を説明し、今回の選考から辞退したことを明かした。また、出版関係者によると「限られたスタッフしか知らされていなかった。秋田書店社内は騒然となった」と言う。

2チームの草野球チームを主宰、投手として200勝以上を挙げて“名球会入り”するなど、プレーでも野球を愛し続けた人生。漫画家としての“マウンド”は降りたが、野球界を盛り上げる“延長戦”登板に期待は集まる。【鎌田直秀】

◆水島新司(みずしま・しんじ)1939年(昭14)4月10日、新潟県生まれ。58年にデビュー作を投稿した後、「男どアホウ甲子園」「野球狂の詩」「ドカベン」「あぶさん」など、野球漫画の第一人者。07年に日本漫画家協会賞文部科学大臣賞。05年に紫綬褒章、14年には旭日小綬章受章。趣味は野球、将棋。好きな球団は南海ホークス(現ソフトバンク)。北信越BCリーグのアドバイザーも経験。マスターズリーグの福岡ドンタクズにも入団し、登録名「あぶさん」で背番号90。血液型B。元タレント水島新太郎は長男。