築地場外市場が6日、今月24日に卒業式を迎える京橋築地小学校(東京・中央区)の6年生39人に、同校体育館に出張して本マグロの解体実演を披露した。

この学年は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、昨年4月から2カ月登校できずに自宅で待機。楽しみにしていた修学旅行は中止になり、運動会も学活の時間に6年生だけで授業の中で実施するにとどまるなど、友達との思い出が少なかった。

今回は地元築地のマグロ仲卸「樋栄(ひえい)」が、この日豊洲市場で競り落とした長崎産の本マグロ(60キロ)を搬送車に乗せて、京橋築地小学校まで搬入。冷凍ではなく生のマグロのため、今にも動きだしそうなきれいな魚体で、同校の体育館ステージ中央に、デンと鎮座させた。

午前10時30分から始まる3限目の授業が実演のために充当され、ステージの昇降幕が下ろされている状態で、6年生39人が体育館に入った。幕が上がると、ざわついていた子どもたちは、初めて見る生マグロに息をのんだのか、水を打ったような静けさに。やがて「こんな大きい魚、初めて見た」「解体実演って興味があったからうれしい」「海を泳いでたのかぁ」と、思うままにクロマグロへの感想を口にした。

解体をしたのは樋栄の楠本栄治社長。築地生まれで、隣校の明石小学校の卒業生だ。現在は中央区の市場機能も有する「築地魚河岸」の理事長も務めている。刀のようなマグロ専用の包丁を取り出すと、児童からは「水の呼吸じゃね、鬼を切れそう」と、人気アニメ「鬼滅の刃」の主人公の持つ刀をイメージとしてかぶせてくるつぶやきも聞こえた。ちゃめっ気のある築地っ子の楠本社長は「この長さだと佐々木小次郎の持っていた刀より長いんだってよ」と切り返したが、児童らはきょとんとしていた。

解体を進めていく中で取り出したのはこのマグロ包丁だけではなく、柳刃のような短めのマグロ包丁とのこぎり。尻尾を切り落とす時には太い中骨を切断するためのこぎりを使うのだ。市場の競り場でマグロの脂乗りを確認する場合、100キロを超える大きな個体は尻尾を切り落としてその断面から脂乗りを判断する。これを目利き(めきき)と市場関係者は呼んでいる。 ただし、60キロ前後の中型サイズでは1匹をまるまる仕入れることもでき、解体実演をする目的もあったため、尻尾を切り落とさずにそのままを同校まで持ち込んだ。

「重さは60キロといいましたが、内臓とエラは体温が高いため、すぐに廃棄する。海を泳いでいた時は70キロぐらいの重さですね」「マグロは大きいので、5枚におろします。右側の上と下、左側の上と下、そして血合いなどもとれる中骨を合わせて、5枚と数えます」「マグロ包丁は長いから2人で持ち合って切り進めます」「部位は赤身、中トロ、そして大トロはわずかにここだけなんですよ」「いろいろ切り落として、すしにして食べられるのは半分の30キロぐらい。それでも1500貫分ぐらいとれますね」。

楠本社長は、コロナ対策で飛沫(ひまつ)が飛ばないようにフェースガードをしながら熱を込めて解説した。児童らもその言葉を聞きながら、熱心に手元のノートにメモ書きをしていった。

楠本社長は「私が小学生のころは学年全体が市場と場外に関係した家庭だった。今では市場も豊洲に移転したし、築地もマンションがあちらこちらに建ってきたから市場や場外とは縁の薄い子どもが多くなったよね」と話し「でも、築地が地元で育ってきている小学生だから、何か築地らしいことは経験してもらいたい。今回の解体実演で少しでも築地に触れたと思ってもらえるだけでうれしい。この中から将来、市場や場外にかかわってくることもあるかもね」と笑った。

今回の仕掛け人となった築地場外市場のNPO「築地食のまちづくり協議会」の鈴木孝夫さんは「本当は児童にはサプライズでいきなりマグロを見せる演出を考えていたんですが、みなさんが真面目に丁寧に応対してくださり、児童にはマグロの解体実演をすることが伝わっていました。それでも、子どもらの瞳が輝いていたので心の底でガッツポーズをつくってしまいました」と話した。

解体したマグロで調理したいところだが、柵(さく)にしてから熟成させる時間も必要なため、樋栄側が、事前に児童らの分のミニマグロ丼を用意。口にした児童からは「こんなにおいしいマグロ丼は初めて」「迫力のある解体実演の後だったからかみしめました」「あの解体を仕事で毎日やっているのはすごいなと思いました」などの感想が飛び交った。

解体実演終了後には、同校で築地の市場を知らない1年生58人が解体されたマグロを見学しに体育館に集合した。人生初となる?マグロと対面し、中にはかがみ込んで切り離されたマグロの頭部をじっくり観察する男の子もいた。【寺沢卓】