東京オリンピック(五輪)・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長(83)の女性蔑視発言で、男女の社会的性差などを指す「ジェンダー問題」があらためて浮き彫りになった。

開閉会式演出トップだった佐々木宏氏(66)の女性タレント容姿侮辱も発覚した。男女格差は先進国で最低水準が続く。日刊スポーツでは前後編の2回にわたり、識者にジェンダー問題について聞いた。前編は社会学者で東大名誉教授の上野千鶴子氏(72)。男性の声が解決のカギと指摘した。【取材・構成=近藤由美子】

-周囲から慰留され、会長続投意思を示した森氏が一転して辞任した

内外の世論に押された結果だと思います。女性が口々に言ったのは「自分にも覚えがある」。多くの女性がわが事だと思い、怒りと共感が広がりました。

-社会的にはどのような影響や変化をもたらした

(男性が連帯した)ホモソーシャル集団の忖度(そんたく)政治をあぶり出す効果があったと思います。「言っても無駄」という女の人たちの無力感を打ち破ったのが今回の変化です。裏返しの意味で、森さんは女性の怒りを顕在化した貢献度が高いです。

-森氏の発言に対し、スポーツ界からはあまり声が上がりませんでした

現役アスリートが声を出せないのは、スポーツ界の大問題です。スポーツ界は政治と利権まみれということをあぶり出しました。

-森氏の後任に橋本聖子氏が就任した

橋本さんは森さんの「娘分」だそうですね。「わきまえる女」だけが出世する構図のもとでは、変化は期待できないのではないでしょうか。それに「困ったときの女頼み」で、コロナ禍のもとの五輪開催という誰がやっても困難な課題を女に押し付けて、責任を取らせるっていうのもイヤな感じですね。

-先進国で最低水準の日本のジェンダー問題は1歩前進した

はい。そういう意味では性差別に対する社会の許容度が下がってきているので、大きな転換点だと思います。森さんは公人で、それも元総理大臣。相当な地位にいる人が自爆した。それを世論が看過しなかったという、大きな前例になります。空気は変わってきています。SNSというツールができて、若い人たちや女性が声を上げるハードルが下がったことも大きいです。

-日本社会も変わるチャンスです

スポーツ界だけでなく、企業でも、ボーイズクラブを再生産するようなしくみが諸悪の根源だと結論が出ています。実際、実証研究からは、女性を登用したところは、社内の風通しが良くなり、業績や利益率が上がっているというデータがあります。そういうポジティブな指標が出ているのに、日本企業はなかなか変わろうとしない。日本の企業の危機感はまだ足りないのでしょうか。

-開閉会式演出統括だった佐々木氏が、開会式に出演予定だったタレント渡辺直美の容姿を侮辱するようなプランを提案したことも発覚した

小学生のいじめ並みの粗野な容姿いじり。こういう人がリーダーを務める組織体質が深刻な問題です。LINE上とはいえ、今回は同調を拒否する動きがあったことは救いです。

-個人では普段からどのような意識が必要

簡単です。その時、その場でイエローカード、ですよ。笑った時、見逃した時、あなたも共犯者になる。残念ながら、女が男に出すイエローカードよりも男が男に出すイエローカードの方が効き目があります。だから、男は傍観者にならないことが絶対に必要です。

-男性がイエローカードを出すことが大事

(男性には)女に言わせる前にお前が言えよ、ですよ。「それはないんじゃないですか」と男性から言えばいい。その場で「ヤバイですよ」と男性に言ってほしい。そういうことの積み重ねで社会の空気は変わる。できることはいくらでもあります。

◆上野千鶴子(うえの・ちづこ)1948年(昭23)7月12日、富山県生まれ。認定NPO法人WANウィメンズアクションネットワーク理事長。京大大学院社会学博士課程修了。コロンビア大学客員教授などを歴任し、93年東京大学文学部助教授。女性学・ジェンダー研究の第一人者として知られる。「社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行している」と指摘した19年東大入学式祝辞が話題を集めた。

○…世界経済フォーラムが06年から発表している各国の男女格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」の最新ランキングで、日本は153カ国中121位。過去最低で前年の110位から順位を下げた。主要7カ国(G7)では定位置かつ断トツの最下位。「ジェンダー・ギャップ指数」は男女格差を政治、経済、教育、健康の4分野で測ったもの。政治は144位、経済は115位。政治家や企業に女性リーダーが少ないことが主な要因。1位はアイスランド、2位はノルウェー、3位はフィンランドと北欧諸国が上位を占める。