今年はイギリスのエリザベス女王(96)の在位70年に当たり、6月にはドキュメンタリー映画「エリザベス 女王陛下の微笑み」が公開されます。世界一有名な女性のドラマチックな人生は劇映画の題材となり、いくつかの傑作も生み出されてきました。【相原斎】

「エリザベス-」は女王にとって初めての長編ドキュメンタリーで、王女時代から現在までが貴重な記録映像でつづられています。監督は「ノッティングヒルの恋人」(99年)で知られ、昨年65歳で急逝したロジャー・ミッシェル。時系列にとらわれず、時にユーモラスに女王の喜怒哀楽をクローズアップしています。

夫エディンバラ公との若き日のラブラブな雰囲気、競馬でひいきの馬が勝ったときに跳びはねて喜ぶ様子など、意外な素顔を垣間見ることができます。

歴史の一部となったその人生は劇映画の貴重な題材となっています。11年のアカデミー賞4冠となった「英国王のスピーチ」(トム・フーパー監督)は、女王の父ジョージ6世(コリン・ファース)にスポットを当てた作品でした。吃音(きつおん)症を克服し、ラジオ・スピーチでナチス・ドイツとの戦いを鼓舞したジョージ6世が、宮殿のバルコニーから手を振るシーンでは、傍らにエリザベス王女(フレイア・ウィルソン)の姿があります。

その大戦中、女子国防軍で公務に就いていた王女の軍服姿は「ロイヤル・ナイト」(16年、ジュリアン・ジャロルド監督)で見ることができます。フィクションを交えたロマンチック・コメディーですが、戦時中の息の詰まるような生活に若さを持て余す王女(サラ・ガドン)の姿にリアリティーがありました。

戦後7年、父が52歳の若さで崩御すると25歳で即位。テレビ中継された戴冠式のきらびやかさは「エリザベス-」の中でもカラー映像で紹介されています。

王室には、毎週バッキンガム宮殿を訪れる首相から、政治的重要案件の報告を受ける習わしがあります。エリザベス女王の最初の謁見(えっけん)者として、政治の基本を説いたのがあのチャーチルでした。

その45年後、女王にとってはちょうど10人目の首相となったトニー・ブレア(97~07年在任)との興味深いやりとりが「クィーン」(06年)に登場します。古き伝統の改革を訴えて首相になった労働党のブレア(マイケル・シーン)は、張り切って女王(ヘレン・ミレン)の元を訪れますが、「私はチャーチルに政治を教わりました」と27歳上の女王にいきなり気おされ、やがてその人間的魅力に引かれていきます。首相以上にリベラルなシェリー夫人が、謁見の日にネクタイを選ぶ夫に「『恋人』に会いに行く日ね」と皮肉るシーンが印象に残りました。

この映画の最大の見どころがダイアナ元妃の死による王室危機です。チャールズ皇太子との離婚からわずか1年後の交通事故死で「悲劇の妃(きさき)」として国民の同情を集め、彼女の死に何ら反応を示さない王室は痛烈な批判を受けました。意を決してテレビカメラの前に出た女王は、元妃と王室の両方が立つように、針の穴を通すような見事なスピーチで国民の理解を得たのです。

女王役のミレンはこの作品でアカデミー賞主演女優賞となりますが、スピーチ・シーンを「エリザベス-」の記録映像と比べてみると、その憑依(ひょうい)したような演技に改めて驚かされます。

女王の夫フィリップ殿下や母エリザベス王太后が元妃への不満を露骨に口にするシーンなど、王室内の人間模様もリアルです。報道をもとにそのやりとりを再現したピーター・モーガン脚本=スティーブン・フリアーズ監督の「クィーン」を英王室映画のマイベスト1に挙げたいと思います。

ダイアナ元妃が事故死した車には恋人と言われたエジプト人プロデューサー、ドディ・アルファイドが同乗していました。この辺のいきさつは元妃の最後の2年間にスポットを当てた「ダイアナ」(13年、ナオミ・ワッツ主演)で詳しく明かされます。

決して評価の高い映画ではありませんでしたが、「ヒトラー 最期の12日間」(04年)で知られるオリバー・ヒルシュビーゲル監督が、元妃とパキスタン人医師ハスナット・カーンとの秘めた恋を一編の恋愛映画のように描いています。同じ車で事故死したアルファイドとの関係は、カーン医師を振り向かせるための当て付けだったという見方に説得力がありました。

王室を題材にした劇映画は、ニュース報道だけではうかがい知れない「内実」を見せてくれます。「エリザベス-」のようなドキュメンタリーでその実態を知れば、劇映画における事実とフィクションの境目が見えて、さらに楽しめるかも知れません。

■現女王エリザベス2世は1世と血縁なし

現女王はエリザベス2世です。日本的な「2世」とはニュアンスが異なり、史上2番目のエリザベスという意味です。

1世はさかのぼること400年、テューダー朝時代にグロリアーナ(栄光ある人)と呼ばれ「武闘派」として知られました。

スペインの無敵艦隊を破るなど、勇ましい活躍は、ケイト・ブランシェットが主演した「エリザベス」(98年)「-ゴールデン・エイジ」(07年)の2作で見ることができます。ザ・バージン・クイーンの別名通り、テューダー朝はこの1世で終わります。

以後、スチュアート朝、清教徒革命による共和国時代をはさむ王政復古、ハノーヴァー朝、そして現在のウィンザー朝に至ります。血縁はなく、生き方も対照的な2人のエリザベスですが「英国史上もっとも偉大な2人の君主」と言われています。

■ヘンリー王子、王室離脱も王位継承6位

ヘンリー王子・メーガン妃夫妻は4年前の結婚以来、王室との間でトラブルが続き、昨年1月に王室を離脱しました。

英国ではわがままで身勝手な行動ともっぱら非難の対象です。対照的に移住先の米国では伝統に立ち向かう妃の姿勢を支持する声の方が多いようです。

離脱とはいっても、いくつかの名誉職から外されただけで、「殿下」「妃殿下」の敬称は保持。ヘンリー王子の王位継承順位が6位であることに変わりはありません。王室側からすれば、後ろ足で砂をかけるような離脱だっただけに、比較的緩い処分には女王の「温情」が感じられます。

夫妻に関しては「ヘンリー&メーガン ロイヤルファミリーへの道」(19年)など、何本かドラマ化されましたが、メーガン妃の視点に偏りすぎた印象です。幅広く支持され、映画史に残るような作品は当分生まれそうにありません。

◆相原斎(あいはら・ひとし) 1980年入社。文化社会部では主に映画を担当。黒沢明、大島渚、今村昌平らの撮影現場から、海外映画祭まで幅広く取材した。著書に「寅さんは生きている」「健さんを探して」など。女王の寝室に自称ファンの男による侵入事件が起きたばかりの80年代、取材で訪れたロンドンで印象深い光景を見かけた。通行人が行き交う路地に面した扉の横になぜか1人の衛兵。ガイドから「ここが王太后の住まい」と聞き、良くもあしくも王室との「距離」の近さを実感した。