英国のエリザベス女王が8日、滞在先の英北部スコットランド、バルモラル城で死去した。96歳だった。死因は明らかでないが、英王室は「安らかに息を引き取った」と発表した。

1952年(昭27)、25歳で即位してから70年あまり。英国の歴代君主として最長の在任期間は激動の時代だったが、常に強い責任感を貫き、生涯を国と国民への奉仕にささげ続けた。英国だけでなく、世界中から功績をたたえ、悼む声が相次ぎ、あらためて絶大な人気や尊敬、存在感を物語った。王位継承順1位の長男チャールズ皇太子(73)が新国王「チャールズ3世」として即位した。

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エリザベス女王の死去は、長年、世界から関心を持たれ続けた現在の英王室の時代に静かに幕を引いた。チャールズ新国王とダイアナ元皇太子妃の結婚や離婚をはじめ良いことも、それ以上に悪いこともたくさん起きた。そんな中、唯一の良心だったエリザベス女王の「修正力」「柔軟性」が、王室が時代から取り残されるのを防いだと感じる。

1990年代の英王室は、盗撮、盗聴など今では考えられない手法で暴かれるスキャンダル報道の対象だった。チャールズ国王とダイアナ元妃の関係破綻、国王とカミラ夫人との不倫関係。女王も元妃との嫁姑バトル報道に登場した。当時の日刊スポーツは、ロンドンの通信員と連絡を取り合いながら連日、紙面で報じた。王室の姿は「ドラマ以上のドラマ」といわれた。

そんな中、女王の存在が揺らいだのが1997年8月31日に起きたダイアナ元妃の交通事故死。離婚で王室を離れても「国民のプリンセス」と絶大な人気を誇った「元家族」の死に対し、声明も出さず、宮殿に半旗も掲げなかった女王に国民は猛反発。「王室不要論」も飛び出したほどだ。

女王は、王室を混乱させたとして元妃を許さず、離婚後に王室の称号も名乗らせなかった。王室をさらなる混乱から守るためだったが、元妃を「なかったもの」のように扱い、国民の信頼を失った。民意にあらがえなくなった女王は「彼女の生き方から多くのことを学びました」と声明を出し、国民に団結を呼びかけた。間違いがあれば考えを凝り固まらせない「修正力」「柔軟性」が、信頼を取り戻すきっかけになった。1度信頼は失墜したが、女王は現地の世論調査で王室メンバーの中で人気トップを、ずっと維持し続けた。

2011年のウィリアム王子夫妻の結婚式取材で、ダイアナ番記者として名をはせたデーリー・メール紙のリチャード・ケイ氏にインタビューした際、今後の王室のあり方に話が及んだ。経済情勢悪化で王室予算はカットされ、見た目ほど恵まれた環境にないと聞いた。「今までと違い積極的に動く王室に変わらなくては、生き残れない」という言葉が印象的だった。女王の「修正力」「柔軟性」を新たな英王室がどう引き継ぐか。成功の1つの鍵かもしれない。【中山知子】