藤井聡太竜王(王位・叡王・棋王・王将・棋聖=20)が1日、史上最年少名人を獲得し、7冠となった。

対話型人工知能(AI)「チャットGPT」など目覚ましい発展を遂げるAIの登場で、「仕事が奪われる」と危機感を抱く人もいる。将棋界では2010年代後半、AIはトップ棋士よりもはるかに強くなり「人はもう詰んだ」と言われた時代があった。AIが自分の力を上回ったとき、人はどう向き合えばいいのだろうか。脳科学者の茂木健一郎氏(60)は藤井聡太新名人の「AIとの付き合い方」にヒントがあるとする。

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デビュー当時から藤井の成長を見守ってきた茂木氏は「藤井名人は人類最先端で、人間と人工知能(AI)の付き合い方、学びの今後の在り方を実験され続けている」と評する。

昨年11月に公開された対話型AI「チャットGPT」は短期間で世界を席巻する勢いだ。産業革命にも匹敵するとも言われる革新的技術は、まるで人間が書くような自然な文章で対話できるクリエーティブな能力を備える生成AIだ。

将棋界では最強AIの登場で「人はもう詰んだ」と言われた時代があった。17年5月、当時の佐藤天彦名人がAIの将棋ソフト「PONANZA(ポナンザ)」に2連敗。現役タイトル保持者が公の場でAIに敗れるのは初めてだった。ポナンザを始めとする将棋ソフトは、何万にも及ぶプロの棋譜から学習し、さらに改良を加えられて成長を遂げてきた。

谷川浩司17世名人は「将棋界がどうなるか。プロ棋士の存在、意義に大きな不安があった。他の棋士も同じだったと思う」と当時を振り返る。そんな「冬の時代」に登場したのが藤井だった。17年6月、公式戦29連勝の新記録を達成した。詰め将棋などで培った終盤力の強さが持ち味の藤井は、2種類の将棋ソフトを使い、課題だった序盤の戦い方に磨きをかけた。

茂木氏は「藤井名人の場合、自作のコンピューターで研究する『脳力』と、盤に向かって将棋を指す『生身の将棋脳』という、違う能力を兼ね備えている。いわば、デュアルエンジンを搭載しているのが、他の棋士と違う」と力説する。

AIは、ある局面で推奨する指し手について、なぜそうなるかの説明がない。その理由を突きとめるのが棋士の研究だが、藤井は「脳力」と「生身の将棋脳」が抜きんでているという。AIを活用し、深く研究することで、タイトル戦でも人間が指す将棋の常識にとらわれない異次元の妙手を繰り出している。

いま、ネットの将棋中継では、どちらの形勢が有利なのか、過去の膨大な棋譜データに基づいたAIの「評価値」が表示される。谷川は「評価値とかAIが推奨する一手が表示されることで、ファンのみなさんにはスポーツ観戦のような感覚でみてもらえるようになった」。

AIは将棋界を一変させたが、1人の天才の登場で新たな段階に入った。谷川は「対戦するとAIのほうが圧倒的に強いけど、やはり人間と人間の戦いはおもしろいということを分かってもらえた」。未知の局面で藤井にしか選択できない最善手がある。AIと共存することで、見えてきた未来があった。【赤塚辰浩、松浦隆司】