福間香奈女流6冠の不戦敗と、今年4月に出た日本将棋連盟の対局規定の流れをみて、周囲の将棋関係者からは「妊娠したら、タイトル戦には出るなということか。それでは仕事を奪うことになる」との声が上がった。記者も同じ思いだ。
1990年代半ばから約15年、日刊スポーツは女流王将戦を持っていた。95年の5番勝負前、挑戦権を得た中井広恵現六段の妊娠が分かった。棋戦の担当記者として将棋連盟の担当者、対戦相手と、「安定期に入ったら開催する」と申し合わせた。ほかの対局場所への転戦構想もあったが、場所は東京・千駄ケ谷「旧将棋会館」のみとし、対局や表彰式の日程も調整した。
この際、ほかの女流棋戦(当時はほかに女流名人戦、女流王位戦、女流王座戦、倉敷藤花戦のタイトル戦と、公式戦のレディース・オープン・トーナメント=現在のマイナビ女子オープン、タイトル名「女王」)の担当者とも連絡を取り合った。ほかの女流棋戦の対局との調整も必要だったからだ。
それだけではない。トップの女流棋士は、全棋士参加の竜王戦などのタイトル戦、朝日杯やNHK杯などの公式戦にも出場する。テレビで放送される将棋の対局、地方を転戦するタイトル戦の大盤解説会の聞き手なども務めている。こちらとの調整も行った。
現在、女流タイトル戦は8つに増えた。中にはメディアが絡んでいないタイトル戦もある。担当者同士で、当時のような連携を取り、日程をやりくりしているかは疑問だ。
もともと女流棋戦は、日本将棋連盟の会長も務めた故大山康晴15世名人の発案で、1974年(昭49)、6人の女流棋士による女流名人戦から始まった。当時、主に男性の楽しみとされていた将棋を、女性にも広めたいという大山先生の理念のもと発足した女流棋戦も、昨年で発足から半世紀。6人から始まった女流棋界は、福間さんたち30歳前後の世代を中心に、10代から60代まで、広い世代にわたる約80人もの女流棋士がしのぎを削る。先月25日にはトップ棋士の西山朋佳女流2冠が結婚を発表し、活躍を続けている。
将棋界だけではなく、世の中でも女性の進出が増えた。男女雇用機会均等法が施行されて来年で40年。「働き方改革」「多様性」などという言葉も浸透し、政界では初の女性首相も誕生した。まだまだ課題は多いが、世の中は男女格差解消の方向へ向かっている。
そんななかで、今回の福間さんの不戦敗措置や対局規定は、時代に逆行したり、大山先生の理念にも反したりしないか。記者も再考と改善を望みます。【将棋担当・赤塚辰浩】

