2月末で定年を迎える橋田満調教師(70)の月イチ連載コラム「競馬は推理 だから面白い」第10回は、馬との距離感を考える。自身が管理したサイレンススズカ、アドマイヤベガなどの例を挙げるとともに、馬本来のすばらしい能力に気づかせてくれたミニチュアホース、アヴゥへの感謝をつづる。
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もともと馬は距離感のとり方が上手な生き物で、つかず離れずの絶妙な間合いをとります。ただ、競走馬は精神も肉体も追い込まれて余裕が持てなくなるので、人がうまく寄り添ってあげることが大事になります。ここでは私たちの厩舎にいた3頭を例に挙げます。
<1>サイレンススズカ 彼の場合は、思うようにさせて、走りたいように走らせてあげるのが一番でした。一般論にとらわれて「これでは速すぎる」などと型に押し込めるのではなく、邪魔をしないことが大切で、われわれを代表して武(豊)君がうまくコンタクトをとってくれました。緊張すると馬房でくるくる回ってしまう癖がありましたが、担当(厩務員)の加茂さんもうまく距離をとりながら寄り添っていました。
<2>アドマイヤベガ すごく柔らかい体で瞬発力に優れていた一方で、非常に気性が荒い馬でした。それが一瞬で燃え上がるような走りにつながっていたのですが、扱う人間は猛獣と一緒にいるようなものです。担当(助手)の児玉君は常に生傷を持っていましたが、けんかせずにうまくつき合ってくれました。いちいち目くじらを立てて怒っていたら、とんでもなく怖い馬になっていたでしょう。
<3>アドマイヤグルーヴ 嫌なことをされるのが大嫌いな女王様気質でした。担当(助手)の矢部君は穏やかな性格で「あなたは女王様ですよ」と寄り添い、そんな精神状態を持たせてくれました。こういう馬は燃え尽きてしまうことも多いのですが、引退レース(05年阪神牝馬S)も勝たせることができたのは彼のおかげです。
このように、馬はそれぞれ性格が違います。競走馬と仕事をする私たちは、それにチームとして対応します。本来は人に寄り添う生き物である馬に対し、逆に人が寄り添っていくというのが面白いところです。
もう1頭、私にとって、馬本来のすばらしい能力に気づかせてくれた馬がいます。ミニチュアホースのアヴゥです。もともとは中山競馬場でファンのお出迎えなどをしていて、引退してからは私の娘たちと東日本大震災の被災地を回り、その後は東京の青山でビルに住んでいました。屋上に芝生で走り回れるスペースがあり、エレベーターにも人と一緒に「私も一員ですよ」って乗っていました。渋谷や表参道を散歩したり、子供たちやご高齢の方の施設を訪問したりもして、多くの人に愛されました。アメリカ大使館にも招待されたのですよ。
アヴゥの距離感のとり方はすばらしく、みんなが「こんなつき合い方もあるんだ」とびっくりするぐらいでした。賢くて感受性が高かったです。きりっとした哲学者のような顔で、少し離れたところから、こちらをちらっと見て「あなたのことを感じていますよ」って、最適の間合いをとっていました。
残念ながら4年前に老衰のため24歳で亡くなってしまいましたが、本当に感謝していますし、遺骨は今でも私の家にもあります。もし、あなたが彼に1度会って時間をともにすることができたのなら、一生忘れない思い出をつくれただろうと思いますよ。
馬は多様な潜在能力を秘めています。彼らとふれあえば、また競馬とは違う魅力を感じられるはずです。みなさんも、そんな経験を求めてみられてはいかがでしょうか。そうすれば、馬は人が乗るためだけの生き物ではないことに気づくことになりますよ。そして、私たちも、一般の方々が馬とふれあえる機会をつくっていかなければならないと思っています。(JRA調教師)

