混戦ラスト1冠は、サブちゃん所有の5番人気キタサンブラック(牡、清水久)が内から抜け出して制した。北村宏司騎手(35)はクラシック初制覇で、管理する清水久詞師(43)も記念すべきG1初制覇。追加登録料を払って参戦した北島三郎オーナーの執念を実らせた。今後は未定だが、距離不安を一蹴。選択肢も未来も広がる栄冠をつかんだ。
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淀の冷たい向かい風が、北村宏とキタサンブラックを冷静にさせた。ロスなく運んだ人馬に、クラシックの栄冠がもたらされた。
バックストレッチは出入りの激しい競馬になったが、惑わされず内で我慢。メトロノームのように一定のリズムを刻みながら、愛馬の脚をためた。坂をスムーズに下って、ためにためた脚を爆発させる。馬の間を割ると、北村宏は全身全霊で追った。視界の左に強敵リアルスティールの強襲がチラリ。「何とかしのいでくれ!」。祈りが届き、首差でG1タイトルを手にした。「やったあああ!」。あがってきた北村宏騎手は、馬上で両手に小さく拳を作る。オーナー北島三郎とがっちり握手をし、今までにないほど多くのカメラに囲まれた。「うれしいです! 最後の1冠を取れて良かった」。満面の笑みで顔はしわくちゃになった。
天にささげる勝利でもあった。新馬戦を勝った時の鞍上は、ライバルで仲間の後藤浩輝騎手。次走の500万から北村宏騎手が手綱をとったが「後藤さんが『順調にいけたら楽しみ』と言ってくれました」。その500万を勝った5日後、後藤騎手は亡くなった。「いろんな縁を感じます。競馬って、そういうところがいいなと今感じています」。
長距離克服のため愛馬もきつい修業にたえた。皐月賞3着、ダービー14着に敗れ、中間は3000メートル克服のためのメニュー。セントライト記念後は短期放牧に出さず厩舎で鍛え、Cウッドで長め長めに乗られた。「馬も結構つらかったと思う。でもやっぱり悔いが残るのは嫌だから」と清水久師。春に続いて、菊花賞も追加登録料を払っての参戦。何としても勝利をもぎとりたかった。
お立ち台ではオーナーの真横という超特等席で「まつり」の熱唱を聴いた。「勝った瞬間、これで念願の歌が聴けるのかと思いましたから。いつも応援して乗せてくださるオーナーに感謝したい」。何度でも「まつり」を聴く、新たな目標ができた。【平本果那】
北島オーナー、公約通りアカペラで「まつりだ、まつりだ、キタサンま~つり」
サブちゃんが泣いた、笑った、歌った!! 25日、京都競馬場で行われた牡馬クラシック3冠の最終戦、第76回菊花賞で、5番人気キタサンブラック(清水久)が制し、G1初制覇。オーナーで歌手の北島三郎(79=登録上の名義は大野商事)も12度目のG1挑戦での初V。表彰式後、公約していた大ヒット曲「まつり」の一節をターフで熱唱。京都競馬場に集まった5万2689人を沸かせた。
待ちに待った熱唱は、サブちゃんのひと言から始まった。「私、公約したんですね」。観客から「まつり!!」の声がかかる。5万2689人の手拍子に乗って、アカペラでまつりが始まる。「まつりだ、まつりだ、まつりだ、キタサンま~つり(中略)これが競馬のまつりだよ♪」。名曲「まつり」のサビの部分を菊花賞版で大サービス。スタンドからは拍手と歓声でたたえられた。
レースは馬主席から双眼鏡で見ていた。キタサンブラックはペースの上がった2周目4コーナー過ぎに中団から進出。「私、奇声を上げていました。隣、近所の迷惑をまったく考えずに」。最後の直線では内から末脚を伸ばし、2番人気リアルスティールを首差しのいだ。万歳と絶叫。自然と涙がこぼれ落ちた。
大役を終えたサブちゃんは満足だった。「こういう大事なところで歌うのは失礼かなと思ったのだけれど、うれしかったし、お客さんも喜んでくれたかな、と。表彰式で歌ったのは、多分私が初めてでしょう」と笑いながら言った。前走のセントライト記念を勝ったとき「菊花賞を勝ったら、歌います」と公約。北島音楽事務所を通して、先週JRAにお願いしていた。
距離不安もささやかれたが、馬に自信があった。見た瞬間にほれ込んで買った馬だ。「目と顔を見て、この馬を買いました。写真を撮るときに暴れずポーズを取る。スターの素質がある」。3歳のクラシックに出走する権利は、前年の10月24日までに登録をしなくてはいけない。登録に間に合わなかったキタサンブラックは今年皐月賞、ダービーに続き、追加登録料200万円を払って出走する権利を得た。
個人名での所有を含めると馬主歴は52年。どれだけ馬を愛していたか、誰もが知っていた。「言葉では表せないくらいの感動。こういう立派な賞をいただき、生まれて初めてこんなに感動しました」。感無量だった。「転んでも前に進むしかないのは、芸能界も競馬も同じ」と言う。愛馬の次走は未定。さらなる大舞台の期待も膨らむ。「(勝ったら)また歌わなくてはいけないかなぁ、と」。ユーモアたっぷりの表現で締めくくった。【三上広隆】
◆キタサンブラック▽父 ブラックタイド▽母 シュガーハート(サクラバクシンオー)▽牡3▽馬主 ㈲大野商事▽調教師 清水久詞(栗東)▽生産者 ヤナガワ牧場(北海道日高町)▽戦績 7戦5勝▽総収得賞金 2億9208万7000円▽主な勝ち鞍 15年スプリングS(G2)セントライト記念(G2)▽馬名の由来 冠名+父名の一部
(2015年10月26日付 日刊スポーツ紙面から)