「メイショウ」の冠名で知られる馬主・松本好雄オーナーが8月29日に膵臓がんのため亡くなった。87歳だった。

騎手時代にメイショウサムソンとのコンビで06年ダービーなどG1・3勝を挙げ、今年6月の宝塚記念では調教師としてメイショウタバルで勝利した石橋守師(58)が突然の別れを悼んだ。

   ◇   ◇   ◇

8月31日に行われた告別式に足を運んだものの、石橋師は実感がわかなかった。

「ピンときていない。悲しい知らせだった」

松本オーナーは8月23日に個人馬主として初めてJRA2000勝を達成したばかりだった。石橋師がお祝いの言葉を伝えると「守もよかったな」と、石橋厩舎が翌24日の中京メインレース(長篠S=ワンダーキサラ)を勝ったことを祝ってくれたという。

「2000勝を達成したのに、そういう気遣いができる方だった」。ぽつりとつぶやいた。

宝塚記念をメイショウタバルで勝利した際、松本オーナーとの思い出をたずねると、メイショウサムソンの話を挙げた。06年皐月賞、ダービーを制し、過去に「僕を男にしてくれた馬」と話していたが、07年に凱旋門賞への遠征(馬インフルのため断念、翌08年に遠征)が決まった際は、武豊騎手に乗り替わりとなった。その時、松本オーナーは石橋師と武豊騎手を食事に誘い、乗り替わりについて2人に直接、伝えたという。石橋師は「メイショウさんと豊といえば、それが印象に残っているかな」とオーナーの配慮に今も感謝している。

悲しみは癒えないが、前を向く。「2000勝を達成した時に、メイショウさんが『競馬は奥が深い、歴史のある遊び』と言っていた。それを引き継いでいきたい」と力を込める。

メイショウタバルは、11月2日に東京で行われる天皇賞・秋に向けて、来週に栗東トレセンへ帰厩予定。石橋師のメイショウさんへの恩返しは、これからも続いていく。【下村琴葉】