4年ぶり6度目のSuper Randonner(SR)(仏語でシューペル・ランドヌール。英語はスーパー・ランドナー)を目指す600キロのライド(AJたまがわ主催のBRM「野辺山600」)が中盤を迎えた。


今回のコース
今回のコース

6月4日の午前7時に東京・世田谷区の二子玉川をスタート。埼玉、群馬を抜け、国道17号を走って午後6時過ぎに194キロ地点の三国峠に到着。今年開通したばかりの1284メートルの綺麗な新三国トンネルを抜けると、そこは雪国・新潟だった。自転車で足を踏み入れたのは人生初。自走でよくぞここまで来たもんだと、感激もひとしおだ。


4日午後6時12分 195キロ地点、新三国トンネルを抜けると新潟県(新潟・湯沢町)
4日午後6時12分 195キロ地点、新三国トンネルを抜けると新潟県(新潟・湯沢町)

夕暮れの中、石打までの約30キロのダウンヒルが始まった。


開通したばかりの新三国トンネルは快適だが、試走レポートによると下りの途中にあるトンネルは路面状態が悪く、特に二居トンネルはガタガタではね飛ばされそうになるという。そこで下りをガンガン攻めることはやめ、慎重な走りに専念した。確かに道はガレていてハンドルをしっかり押さえていないと危険だったが、コース取りによっては平らが続く路面もあり思ったほど悲惨な状況ではなかった。奥多摩湖手前の青梅街道の一連のトンネルと同じような感じだろうか。


下り始めるとすぐ左手に苗場スキー場のゲレンデが見えてくる。もちろん雪はなく、街も人の姿はなくひっそり。さらにかぐらスキー場、かぐらみつまたスキー場、湯沢温泉スキー場、ガーラ湯沢スノーリゾート、石打丸山スキー場と通り過ぎて行く。雪のないスキー場やその周辺の風景を見たことがなかったので、なかなか興味深かった。ただ、石打までずっと下り続けるわけではなく、2個所ほど上りがあり結構つらかった。


4日午後6時20分 197キロ地点、左手奥に苗場スキー場(新潟・湯沢町)
4日午後6時20分 197キロ地点、左手奥に苗場スキー場(新潟・湯沢町)
4日午後6時20分 199キロ地点、苗場スキー場入口交差点(新潟・湯沢町)
4日午後6時20分 199キロ地点、苗場スキー場入口交差点(新潟・湯沢町)
4日午後6時33分 203キロ地点、東京から190キロ地点(新潟・湯沢町)
4日午後6時33分 203キロ地点、東京から190キロ地点(新潟・湯沢町)

220キロ地点の湯沢付近のコンビニで小腹が減ったので休憩。時刻は午後7時過ぎ。この頃から本格的はナイトランとなった。前照灯はUSB充電の1500ルーメンの中国製ライト(OLIGHT=オーライト)が2つと、バッテリー切れのバックアップで電池式のライトが1つ。オーライトはローモードで12時間半、ミドルモードで4時間持つ。夜明けまで約9時間なのでミドルモードでも1つずつ使えばぎりぎり大丈夫な計算。昼間に充電すれば明日の夜もOKだ。


新潟側は三国街道となった国道17号を227キロ地点で離脱し、国道353号から標高539メートルの十二峠へ向かう。交差点を曲がって上りに入るとやがて街灯もなくなる。「これぞブルベ」の真っ暗闇の登坂が始まった。ライトをミドルモードにしてペダルを踏んでいく。時折抜いていく車のライトが心強い。


たった5キロの登坂だがきつかった。特に途中にあった工事による片側通行。有人ではなく信号での規制なのだが、試走リポートによると青信号内での通過が難しいとあった。工事区間が長過ぎて間に合わないらしい。その命がけの区間にさしかかった時はちょうど信号が赤に変わった瞬間。青になったらすぐ発進できるよう待ち構えるが、待てども待てども信号は変わらない。対向車、後続車も来る様子がない。たった一人で信号が変わるのを待ち続けた。


ふと信号の先を見ると勾配8%の標識。ここまでで最大の勾配だ。こういう自転車乗りに厳しい仕打ちはぜひともやめてもらいたいのだが、仕方ない。修行と思って上るとするか。


青信号に変わった瞬間、ゼロヨン並みの発進。「間に合ってくれー」の祈りとともに必死にペダルを回す。長い長い上りの先に見えた信号はまだ赤。車も止まっている。セーフ。間に合った。ところがしばらくして車が追い抜いていった。あれ? まだ赤なのか。信号の間隔は意外に長かったようでそんなに焦る必要もなかったようだ。ちょっと拍子抜けですな。


十二峠のピークはトンネルで、抜けると真っ暗闇のダウンヒルが始まる。どこをどう走っているか見当もつかないが、まあ下っていれば正解だろう。やがて遠くに街の明かりが見え始め、国道117号にぶつかった。ここからは千曲川(新潟側は信濃川)沿いを延々と遡上する。


249キロ地点のコントロール・ポイント(PC)3の津南町のコンビニ到着は午後9時13分。この時点での貯金は2時間20分ほど。今回は357キロ地点の上田に宿を確保している。あと100キロ。そこまで頑張ればシャワーとお布団が待っている。少しでも睡眠時間を増やすために頑張ろう。


津南を出発するとすぐに長野・栄村となる。ここでは「グルっとまるごと栄村100kmサイクリング」(現在は「ツールド苗場山 栄村100km」に名称変更)というイベントが行われており、07年から3回連続で参加した思い出深い所だ。道の駅や役場の様子は記憶に残っている。まさかこんな夜中に自走で来るとは思ってもみなかった。感慨深いし、懐かしかった。


4日午後8時56分、247キロ地点津南町通過(新潟・津南町)
4日午後8時56分、247キロ地点津南町通過(新潟・津南町)
4日午後9時50分 258キロ地点、栄村通過(長野・栄村)
4日午後9時50分 258キロ地点、栄村通過(長野・栄村)

道路には「消雪パイプ」が並び、ここが雪国であることを実感した。


それにしても国道117号は長かった。キューシート上で次に曲がるのは42キロ先の伍位野。それまでただひたすら真っ直ぐ進む。野沢温泉を過ぎると千曲川が右手を流れているはず。それらしい雰囲気は暗闇の中でも感じるが、目には見えない。単調な区間である。信号がまったくなく、時間が稼げるのが唯一の救いだ。


4日午後10時21分 267キロ地点、野沢温泉通過(長野・野沢温泉村)
4日午後10時21分 267キロ地点、野沢温泉通過(長野・野沢温泉村)
4日午後11時5分 281キロ地点、千曲川を渡る(長野・飯山市)
4日午後11時5分 281キロ地点、千曲川を渡る(長野・飯山市)

そんな中、癒しを与えてくれるのが動物との出会い。路肩に潜む鹿を発見。3頭がライトに浮かび上がった。お互い驚いたが、ロケットとなって突進してくることもなく逃げ出してくれた。タヌキも現れ、目の前をトコトコと横切って行った。


順調だったライドだが、飯山から長野に向かう区間で眠気が襲ってきた。距離は300キロで日付が変わろうとする時刻だ。当初は320キロ地点の長野に宿を取ろうと思っていたが、もう少し頑張れるのではと357キロ地点の上田にした。だがその37キロがとてつもなく長く、苦しかった。


5日午前0時18分 303キロ地点、長野市に入る(長野市)
5日午前0時18分 303キロ地点、長野市に入る(長野市)

320キロ地点のPC4の長野のコンビニへは午前1時28分に滑り込んだ。信号のほとんどない区間だったので貯金は3時間弱まで増えていた。でも睡眠時間は多いに越したことはない。あと1秒を削り出せ。箱根駅伝の東洋大ではないが、そういう思いで眠気と戦いながら上田へ向かった。眠気覚ましの熱唱付きで。


5日午前3時12分 351キロ地点、上田市に入る(長野・上田市)
5日午前3時12分 351キロ地点、上田市に入る(長野・上田市)
5日午前3時31分 357キロ地点、ホテル到着(長野・上田市)
5日午前3時31分 357キロ地点、ホテル到着(長野・上田市)

時折意識がふっと飛びそうになるのを自ら気合を入れて耐え、上田の宿にはほぼ予定通りの午前3時半ごろに到着。速攻でシャワーを浴び、すでに外が明るくなり始めた同4時前に眠りについた。少しでも多く眠りたいが、午後から雨という天気予報は変わっていない。できれば早く出発したい。そこで同5時15分に目覚ましをセット。約1時間の貯金を持ち、同6時前には走り出すことにした。(この項続く)【石井政己】