ジムでもマスク着用は必須で、ボディビルの聖地として知られるベニスのマッスルビーチにはマスク姿のボディビルダーの人形も登場
ジムでもマスク着用は必須で、ボディビルの聖地として知られるベニスのマッスルビーチにはマスク姿のボディビルダーの人形も登場

これまで頑なにマスク着用を拒否してきたドナルド・トランプ米大統領が、一転して「マスクは大賛成だ」と発言して多くの人を驚かせました。視察先で一人だけマスクをしていない姿が報じられて批判を浴びても、ホワイトハウスの職員に感染者が出た後もマスクを着用することはなく、再三にわたって保険当局から勧告されてきたトランプ大統領がついに、「人と接近する状況では着用する」と表明したのです。しかし、新型コロナウイルスの1日当たりの新規感染者数が5万人を超えるなど爆発的な拡大が続く中、国民に対しては政府として「義務化」する必要はないとの姿勢は崩していません。マスクを強制されることは「個人の自由の侵害」と捉える人が多いため、着用はあくまで「個人の選択」でなければいけないというのが政府の立場です。

感染拡大に歯止めがかからないアメリカでは、マスク着用とソーシャルディスタンスの確保など予防対策を十分に行わない場合、1日あたり10万人の感染者が出る恐れがあると米国立アレルギー感染症研究所所長のファウチ博士は警鐘を鳴らしています。一時は医療崩壊も起きるなど、感染の震源地だったニューヨークなど北東部は終息へと向かいつつありますが、フロリダやテキサス、カリフォルニア州など南部や西部を中心に感染が爆発的に広がっています。段階的に経済活動を再開させた時期が、5月末から連日続いた大規模な人種差別抗議デモと重なったこと、コロナ疲れした大勢の人が感染予防対策を無視してビーチやバーに押しかけて、密でパーティーを繰り広げたことなどが要因だと考えられています。政府は感染予防策として、パンデミックが始まった当初の手洗いとソーシャルディスタンスに加えて、今では公共の場でのマスク着用も推奨しており、多くの州でマスク着用が義務化され始めています。一方で義務化は不当だと主張する人たちによる「反マスク運動」も起きており、マスクなしで買い物しようとした客の入店を断った警備員が射殺されるなど、マスクは社会問題にもなっています。

今ではさまざまなデザインの布製マスクが売られています
今ではさまざまなデザインの布製マスクが売られています

外出自粛命令が緩和されて多くの人が外出するようになると、このマスク問題はより顕著になり、スーパーマーケットで着用を拒否する客に退店を求めた店員が暴行を受けたり、注意された客が怒り狂ったようにショッピングカートの中の商品を投げつけて暴れ出す映像が次々とSNSで公開され、従業員がマスク着用を拒否した客からハラスメントを受けたとして、レストランが休業を余儀なくされるなど、連日のようにトラブルが起きています。中には白人警察官に殺害された黒人男性が最期に訴えた「息ができない」という言葉を使って、酸欠状態になって命の危険性があると主張する人や、医学的理由でマスクができないなどの理由から着用を免除するという偽の「マスク免除カード」を持ち歩く人すらいます。

元々マスクをするのは病人、それも重病の人で、感染を予防する効果はないとの考えが浸透しているため、不快でダサいマスクを着用したがらないのは理解できなくもありませんが、顔を覆うのは弱さの象徴だと考える人が多く、トランプ大統領のマスク嫌いも「自分を弱く見せたくない」ことが理由だと伝えられているように、強さを誇示したい国民性も背景にあると指摘されています。

また、マスクや布で顔を覆っていると表情が見えないことから、警察官から不審者に間違われるかもしれないと不安に駆られる黒人も多く、根深い人種差別や偏見も関係しているといわれています。

開放的なベニスビーチの遊歩道でも歩く人の多くがマスク姿です
開放的なベニスビーチの遊歩道でも歩く人の多くがマスク姿です

ここLAではスーパーマーケットやドラッグストア、ショッピングモールなどでの買い物時や飲食店を利用する際はもちろん、公共交通機関やライドシェア、ビーチや公園でも他の人と社会的距離を確保できない場合は常にマスク着用、または鼻と口元をバンダナやスカーフなどの布で覆うことが求められています。

筆者が暮らすLAのウエストサイド地区では散歩中も多くの人がマスク着用を守っており、アパート内でも駐車場やエレベーター、ロビーなど共用部分では顔を覆うよう指示が出されるなど徹底されています。一方で、南部のオレンジ郡では撤回を求めて郡議会に大勢の人が集まるなど、一部住民が義務化に猛反発。同郡のクイック公衆衛生長官の自宅前で抗議デモを行い、「マスク着用のせいで健康被害が出たら殺人罪で訴える」と脅すなどして辞任に追い込み、義務化の是非を問う論争が激化しています。

そんな状況を受け、カリフォルニア州のニューサム知事は先月18日、「感染拡大を緩やかにして他の人の健康と命を守るため」州内全てで外出時のマスク着用を義務化することを発表。しかし、トランプ米大統領が頑なにマスク着用を拒否してきたこともあり、保守層は「人権を踏みにじる行為」だと政治問題として反発を強めており、それが感染をより一層広める要因になっていると専門家は危惧しています。

トラブル回避のため、「マスク未着用の人お断り」と看板を出す店も増えています
トラブル回避のため、「マスク未着用の人お断り」と看板を出す店も増えています
店先でカラフルな手作りマスクを販売するショップ
店先でカラフルな手作りマスクを販売するショップ

そんな中、4日の独立記念日を控えて更なる感染拡大が懸念されるLAでは、ビバリーヒルズ市に続いてウエスト・ハリウッド市とサンタモニカ市が相次いでマスク着用を拒否する人には罰金を科すことを発表。個人では1度目は100ドル、2度目は250ドル、3度目は500ドルと値上がりし、事業主の場合は初回から500ドルが課せられます。このまま感染者が増え続ければ医療現場の緊迫は避けられず、爆発的な感染拡大を抑えながら同時に経済活動も行うには致し方無いことなのかもしれません。私たち日本人にはたかがマスクでなぜ? とちょっと驚きですが、アメリカ人の度を越えたマスク毛嫌いは今に始まったことではなく、約100年前のスペイン風邪の流行時も反対運動が起きて着用を呼び掛けた医師が中傷された歴史があるそうなので、この論争に終わりはないのかもしれません。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)