本州と四国を結ぶ航路として最も栄えた宇野(岡山県)~高松(香川県)の宇高航路が今月15日の運航で100年を超える歴史にピリオドを打つ。旧国鉄、JRの路線の一部だった宇高連絡船を筆頭に一時は4社が営業していた航路は瀬戸大橋や明石大橋の開業で利用者が減り、最後まで残っていた1社も撤退を表明した。ラスト1週間となったさる8日、私も最後の乗船をしてきた(写真〈1〉)。

最後を迎える宇高航路には多くの人がやってきた
最後を迎える宇高航路には多くの人がやってきた


12月としてはポカポカ陽気だった。宇野線で10時37分に宇野に到着。多くの特急、急行でにぎわった面影はない。鉄路としての宇高連絡線がなくなった後、駅は内陸部に移動して規模も大幅に縮小された。昼間は1面2線のホームにワンマン運転の2両編成が1時間に1本やってくるだけ(写真〈2〉)。それでもお客さんはかなり乗っていた。「いかにも」という感じで私と同じ志の人もみられる(駅名標や車両、駅舎を入念に撮影しているのは明らかにそうでしょう。私も他人様のこと言えないけれど)が、アートの島、直島を目指す方々が多いように思えた。

〈2〉今は1面2線だけとなった宇野駅
〈2〉今は1面2線だけとなった宇野駅
〈3〉高松行き乗り場。今は1日5便の運航
〈3〉高松行き乗り場。今は1日5便の運航

出港は11時50分。港までは徒歩で5分ほど(写真〈3〉)。最盛期は4社合わせて24時間の間に150往復もの船が行き交っていたが、今は1日5往復のみ。乗り遅れは厳禁だ。高松には数え切れないほど足を運んでいるが船で目指すのは約10年ぶり。2010年3月、翌月からの東京転勤が決まり東京にいる間に休止になるとマズいと乗船した。

だが当時、航路の時刻を調べた記憶はない。調べたのはむしろ宇野線のダイヤで、今回のように駅からテクテク港まで歩き、やってきた船に乗り込み約1時間、うどんを食べることもなく過ごした。それもそのはず。そのころの時刻を見ると、2社が深夜を含め40往復以上を運航していたのだ。その後1社が撤退。残った四国フェリーが今日まで担ってきたが、10年でここまで減便されているとは知らなかった。

旅客のみの予約はできないとのことなので早めの40分前に到着すると、すでにかなりの人が待っている。券売機で片道券740円を購入(写真〈4〉〈5〉)。待合室で黙って座っている人、親子で記念撮影にいそしむ人といろいろ。JRの宇高連絡船が廃止されて30年以上が経過した。おそらく若いお父さんは乗船の記憶がないはずだ。それでも引きつける何かがあるのだろう。

〈4〉旅客用の券売機
〈4〉旅客用の券売機
〈5〉片道の運賃は740円
〈5〉片道の運賃は740円

高松からの折り返し便がやってきた。豪華列車の入線のようにカメラの放列である(写真〈6〉)。今は1隻だけで運航している「第1しょうどしま丸」。乗船すると、うどんコーナーはすでに長蛇の列だ(写真〈7〉)。「ダッシュ」という言葉があったのかどうか、宇高連絡船の全盛期は、乗船時と下船時に旅客は目いっぱい走ったという。乗船時は座席と早めのうどん確保。下船時は乗り継ぐ列車の座席確保。特に宇野着の際のダッシュは激しさを極めた。

〈6〉見えてきた高松からの便が待ち遠しい
〈6〉見えてきた高松からの便が待ち遠しい
〈7〉出発前からうどん売り場には長蛇の列ができた
〈7〉出発前からうどん売り場には長蛇の列ができた

私は1度だけ経験している。実は入社後、最初の出張が高松だったのだ。もちろん瀬戸大橋前夜。「とにかく大阪に帰ってこい」とデスクに言われた新人社員は宇野を目指した。原稿を抱えていたため、うどんを味わう余裕はない。インターネットどころか携帯電話もない時代である。原稿はファクスがなければ電話吹き込みだ。新人は原稿を書くのも遅く船の1時間では書き終わらない。残りは宇野線の中で…と思っていたら宇野に到着するや否や乗客が駆け出し「若いの、どけ」と言わんばかりに私を次々追い抜いていく。

約30分の満員電車では何もできず、岡山で電話するとずいぶん怒られたっけ、などと思い出しながら今回は列に並んでゆっくりきつねうどんを味わった(写真〈8〉)。うまい。これが30年以上の時を経て初めて味わう瀬戸内海上でのうどんか。

〈8〉初の宇高航路乗車から30年以上。初めて船上のうどんを味わった
〈8〉初の宇高航路乗車から30年以上。初めて船上のうどんを味わった

心地よいデッキの風を受けるとすぐに高松到着だ(写真〈9〉~〈12〉)。

〈9〉船に乗ると瀬戸内海の島の多さが実感できる
〈9〉船に乗ると瀬戸内海の島の多さが実感できる
〈10〉乗船直後の内部の様子。この後すぐに多くの人で座席が埋まった
〈10〉乗船直後の内部の様子。この後すぐに多くの人で座席が埋まった

今度はカメラの放列を受ける番だった。過去に浸る人、最初で最後の体験をする人と十人十色。思い出というのは時にして苦いものだけど、今回の船旅だけは彩りを上書きするものに違いない。あと数日で役割を終える。【高木茂久】

〈11〉天候に恵まれ風が心地よい日だった
〈11〉天候に恵まれ風が心地よい日だった
〈12〉約1時間の船旅。うどんを食べると高松の街が見えてくる
〈12〉約1時間の船旅。うどんを食べると高松の街が見えてくる