「日本で本格的な筏(いかだ)下りはここだけです!」という和歌山県北山村へ行ってきた。全長5・5キロ、北山川の急流を7連の筏で、一気に下っていく。操るのは腕自慢の「筏師」たち。さあ、ライフジャケットのヒモをきちんと結んで、行きますぞぉ!
- 北山川の急流に突っ込むように下っていく筏下り。昔は材木を運んだが、今は観光専門だ
「全身ビショぬれになるのは覚悟して下さい。それとカメラもぬれるので注意。筏の手すりにしっかりつかまって」
男っぷりのいい筏師が乗船前に厳しく注意。「ハイ、ハイ、ハイ」と、こちらは気楽に聞いてスタートしたら、途端!
ビシャ! ビシャ!
「ギャア~」とお客さん全員の悲鳴。急流に突入し、激しく水しぶきを受ける。
一気に腰をかがめて尻を後ろに引き、突き出す格好で手すりにしがみつく。
「ちょっと、ちょっと、これ、やばくない~」(心の声)。
すると、今度は乗っている筏師の1人が「はい、次、すぐですよ、次の滝に入るのは」。
ビシャ! ビシャ!
ずぶぬれの体に冷水が「上書き」のように襲いかかる。容赦ない。
こっちは撮影どころではなく、ひたすら手すりにしがみつく。
でも、そのふたつの急流を過ぎた辺りから、少しずつ慣れてくる。手すりにつかまる手にも余裕が。そして周囲を見れば、北山川の激流に削られた岩壁の荒々しい景観の美しさに見ほれる。人工的に造られた乗り物とは一味も二味も違うスリルと感動かもしれない。
急流に差しかかるごとに筏師が「そろそろ、次の急流が来ますよ」と言ってくれるから心の準備もできる。恐怖感も薄らいでゆく。
見れば、筏をさばく筏師は全部で4人乗っていた。先頭が「先乗り」、そしてその後ろに「舵(かじ)取り」、さらに「後(あと)乗り」が2人。一番前の先乗りは、前と後ろの全体を見渡す感じであまり動かないが、残り3人は激しく筏の端から端まで走り回って、櫂(かい)さばき。それも互いに見事なアイコンタクトを交わしながら。
「棹(さお)を突き刺す岩の穴の場所や、体重移動の場所。すべて体に染み込んでいますから」。それを役割分担しながら鮮やかなチームプレーでかわしていく。
急流に差し掛かり、動きが慌ただしくなればなるほど、筏師の顔がキリッとしまって、ほれぼれするような「いい男ぶり」だ。
と、まぁ、慣れてきたころで、乗船時間の1時間10分もほぼ経過し、下船ポイントへと近づいていった。
この筏下り、今は観光用しかないが、500年の歴史があり、もともとは奈良や和歌山の山奥から伐採した木材を筏に組んで河口の街・新宮まで運んだのが始まりだという。
その新宮は昔から木材の集積港として有名で、今でもスナックやバーなど飲み屋さんが多い場所で知られている。
「昔はね、一仕事終えた筏師さんたちが、そこで、もらったお金を、うんと使ったそうですよ。一晩で豪勢に朝までやっちゃうわけですよ」。筏師の1人が説明してくれた。
なんだか、そういう話、今、あんまり聞かないから、いいなぁ~。昭和の匂い? いや、大正の匂い…。
なんて思っているうちに筏はスルスルと終着点へ。いやぁ、涼味満点。筏師さん、ありがとうございました。【馬場龍彦】
- 見事な棹さばきとチームプレーで筏師たちは筏を操っていく。両岸の景色も素晴らしい
<北山村> 和歌山県でありながら、三重県と奈良県に囲まれ、和歌山県のどの市町村にも隣接しない。全国唯一の「飛び地の村」として知られる。1871年(明4)の廃藩置県で新宮が和歌山に入ると、地理的には奈良県に属するところを北山村の材木業者と新宮との関係が深いことから、和歌山県に入ることを望み、飛び地となった。人口約430人。かんきつ系の果実「じゃばら」の産地としても有名。
◆筏師 現在、北山村には15人の筏師がいる。最初の2カ月は陸上で櫂の使い方などの訓練。そして3年はお客を乗せない筏で鍛えられて、その後ようやく観光客を乗せた筏を扱えるようになる。一人前になるには約5年。
◆運航 5~9月の5カ月。5、6月は土、日、祝日。7~9月は木曜日以外毎日。雨量など天候によって中止になることも。
◆乗船 10~75歳まで。妊娠中の人、飲酒での乗船は出来ない。
◆料金 8月は7000円。その他の月は6000円。小学生は3000円。
◆おくとろ温泉 ビショぬれになった体をゆったりと癒やせる温泉が、筏下りの乗船ポイント近くにある。深い緑の森に囲まれた露天風呂に漬かれば、疲れも気持ちよく取れていく。
◆アクセス JR紀勢線熊野市駅から北山村営バスでおくとろ公園下車(約60分、800円)。
◆問い合わせ わかやま紀州館☎03・3216・8000。