【苦しむ姿を見つめて】日本ハム郡司裕也とファームで交わした言葉

日本ハムの郡司裕也内野手(28)がファームで打席に入っている。開幕4番でスタートした右の強打者は、14日終了時点で2割4分3厘と、本来の調子を取り戻せずにいる。

2019年に中日に入団し、20年シーズンから選手生活をスタートした郡司と、19年まで中日2軍でコーチをしていた田村さんは、ちょうど入れ違いだった。

図らずも、14日に鎌ケ谷で初めて顔を合わせ、言葉を交わすことになり、田村さんは郡司の苦しみが分かるだけに、試合の中のバッティングを複雑な思いで見ていた。

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14日鎌ケ谷スタジアムでの、ファーム東地区・日本ハム対楽天戦、試合前の郡司裕也内野手

14日鎌ケ谷スタジアムでの、ファーム東地区・日本ハム対楽天戦、試合前の郡司裕也内野手


◆郡司裕也(ぐんじ・ゆうや)1997年(平9)12月27日、千葉県生まれ。仙台育英、慶大を経て19年ドラフト4位で中日入団。23年6月にトレードで日本ハム移籍。昨季は111試合の出場で打率2割9分7厘、10本塁打、42打点でオールスターに初出場。25年までプロ通算366試合で打率2割6分3厘、25本塁打、117打点。180センチ、89キロ。右投げ右打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。@tamu2272


5月12日、2回表日本ハム2死、左飛に倒れる郡司

5月12日、2回表日本ハム2死、左飛に倒れる郡司

■「8月には何とか…、ですね」


開幕4番の郡司が苦しんでいる。いつものように試合前の練習を見て、試合開始までの時間を過ごしていると、郡司を見つけた。そういえば、13日のファームでも指名打者で1番として出場していた。

13日はZOZOマリンでロッテ戦が組まれており、それほど遠くない鎌ケ谷のファームに郡司は出場したのだろう。12日の1軍のロッテ戦が3打数ノーヒット。13日は1軍では出場はなく、ファームの楽天戦では4打数ノーヒットだった。

それで迎えたこの日のファームの試合だった。3打数1安打。三ゴロ、左前ヒット、左飛、そして四球だった。ヒットは出たが、私の目には郡司はかなり苦しんでいるように見えた。試合前、通路で擦れ違った時にほんの少しだけ言葉を交わした。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。