なぜ一部の人が依存症になるのか。国立精神・神経医療研究センター「薬物依存症治療センター」の松本俊彦センター長が、その答えを示唆する研究を紹介する。

 「カナダにある犯罪心理学で有名なサイモンフレイザー大学で教えていたブルース・アレキサンダー先生が、面白い実験をしています。ネズミを2つのグループに分け、ひとつは1匹ずつ金網のおりの中に閉じ込めます。支配されているので、“植民地ネズミ”と呼ばれます。もう1つは快適な環境で食べ物にも困らず、他のネズミとも交われるようにします。こちらは“楽園ネズミ”です。

 それぞれ普通の水またはモルヒネ水を与えると、モルヒネ水をとるのは“植民地ネズミ”の方が圧倒的に多かった。これは、置かれている状況が、孤独で閉塞(へいそく)感があるほど依存症になる可能性が高いかもしれないということを示しています」

 人間ではどうだろう。通常、薬物を使うのは“ある行動をしたことで、それまで体験したことのない快感を求めるため”であって、それが習慣化され“報酬”になることで、依存症になると理解されている。これを心理学では“正の強化”と呼んでいる。

 「しかしながら人間の特徴は“飽きっぽさ”にあります。どんなにおいしいものでも、毎日そればかりでは飽きる。それなのに、なぜ一部の人は飽きずに酒やクスリをやり続けるのか、“正の強化”では説明がつかないのです。依存症の本質は“快感”ではありません。クスリを使う、酒を飲むことでそれまでの苦悩や痛みがやわらぐ、軽くなる、あるいは消えるのでしょう。だからやめられない。依存症の本質は“負の強化”なのです」(松本氏)。

 「依存症の中心には“苦痛”がある」ことを指摘したのは、1980年代、米国の精神科医エドワード・カンツィアンだった。薬物乱用、再使用が起きる理由に目を向けなければならない。