口の中の細菌が血管をもろくするというお話を、前回しました。歯茎の毛細血管から細菌や毒素が血液中に侵入して、全身を巡る現象を「歯原性菌血症」と呼びます。患者さんの中には「歯周病菌を毎日食事とともに口からのみ込んでしまっても大丈夫なのか」と気にされる方が時折いらっしゃいますが、こちらは心配ご無用。食道、胃を通り、消化器系の終盤に位置する腸は、非常に素晴らしい機能を持っていて、悪さをする細菌は十中八九やっつけることができます。腸管壁の毛細血管からの侵入があったとしても、解毒器官である肝臓にすぐに運ばれ、分解されます。

 「歯原性菌血症」がなぜ恐ろしいかというと、肝臓にたどり着く前に心臓を通過するからです。ポンプの役割を持つ心臓から、全身のさまざまな臓器に向かって細菌や毒素が散らばってしまう可能性が高いということ。血管をもろくし、内壁にコブをつくり、やがては動脈硬化や脳梗塞といった重篤な病気の原因になり得るのです。

 鶴見大(横浜市)で行われた実験によると、歯石を除去する処置の前後で血液中の細菌を調べた結果、上腕の静脈血に口内細菌が検出されるまでの時間が、ものの数分だったということです。そんな短時間で全身を巡ると考えたら、非常に恐ろしいですね。免疫力のある健康体であれば、白血球の貪食作用で元の状態に戻ります。しかし、加齢や生活習慣などで弱った体ではどうでしょうか…。

 歯周病が進行し、歯肉からの出血が起きやすい方は、「歯原性菌血症」が高頻度で起きている可能性が高いです。これを聞くと、これまで無頓着だった方も、急にご自身の口が気になるのではないでしょうか。健康な口への近道は、プロの手を借りてチェックを受けることと、自分に合ったケアの仕方をきちんと学ぶこと。歯科医院は、皆さんの全身を守る保健室のような役割もあるのです。

 ◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)歯学博士。厚労省歯科医師臨床研修指導医。分かりやすい解説はテレビ、ラジオでもおなじみ。昨年出版した「歯科医が考案・毒出しうがい」(アスコム)は反響を呼び、ベストセラーとなった。近著に「『噛む力』が病気の9割を遠ざける」(宝島社)。女性医師のボランティア活動団体「En女医会」会長。