「歯周病です」と診断をされた患者さんの中には「先生、抗生物質とか何か強力なやつを処方して一気にやっつけてもらえませんかね」とおっしゃる方がいます。現時点での答えは「NO」。今回はその理由について説明していきます。

 歯の表面にはペリクル(唾液中の糖タンパク)という物質が膜を張っているのですが、清掃が行き届かず食物が残っていると、その上に細菌が付着し増殖します。産生物を介して菌は互いに結合してどんどん大きな塊を作り、表面をフィルム上に被覆した細菌集団を作ります。こういった物質をバイオフィルムと呼び、プラーク(歯垢=しこう=)はこの一種です。

 プラークが成熟し歯茎に炎症が起き、やがて歯周ポケットが形成されることから歯周病が始まるのですが、バイオフィルムは台所の三角コーナーやお風呂の排水溝などにへばりつくヌメリと同じような構造をしているため、物理的に破壊しなければ取れないというのが特徴です。歯ブラシやフロスを使ったプラークコントロールを行い、固く付着した歯石を歯科医院で除去しなければならない理由は、このためです。

 抗菌薬はバイオフィルム表層に存在する細菌には有効ですが、バリアーに守られ、中で複雑に絡み合った細菌集団には、ほとんど効果がないとされています。この性質を理解しないまま抗菌作用の強い洗口液などを乱用してしまうと、健康を維持するために働く常在菌の働きを弱めてしまい、逆効果です。

 歯周病は生活習慣病と密接な関わりを持ち、個々の免疫力によって進行具合や治療成果も変わってきます。ずぼらでも全く歯周病を発症しない人がいる一方で、十分なケアを行っても改善がなかなか見られない人がいる理由は、このためです。炎症がひどい場合、症状を緩和させる目的で一時的に内服薬を処方するケースはありますが、歯周病を根本からやっつける薬はないのが現状です。

 ◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)歯学博士。厚労省歯科医師臨床研修指導医。分かりやすい解説はテレビ、ラジオでもおなじみ。昨年出版した「歯科医が考案・毒出しうがい」(アスコム)は反響を呼び、ベストセラーとなった。近著に「『噛む力』が病気の9割を遠ざける」(宝島社)。女性医師のボランティア活動団体「En女医会」会長。