前立腺の病気といえば、ことに中高年男性には悩みの種。それでいて前立腺の構造や働き、病気の原因、治療など知られていないことも多いのが実情です。ここでは、日本大学医学部泌尿器科学系主任教授の高橋悟氏(59)が、前立腺肥大症、前立腺がん、ED(勃起障害)などについて、わかりやすく説明します。

       ◇     ◇  

ここからは「前立腺がん」について、お話しします。これまで述べてきた前立腺肥大症では前立腺の移行領域(内腺=尿道周辺)が大きくなりますが、前立腺がんは約7割が外側の辺縁領域(外腺)にできる悪性腫瘍のことです。国立がん研究センターの統計を見てみましょう。14年の罹患(りかん)数では「がんの多い部位」で前立腺がんは第4位ですが、「年齢による変化」では70歳以上で肺がんと前立腺がんの割合が増加しています。また、17年には、1万2013人が前立腺がんで亡くなっており、男性のがんによる死因の6位です。

たちの悪いことに、がんができる辺縁領域では腫瘍がかなり大きくならないと、自覚症状としてあらわれません。前立腺がんは、十数年かけて大きくなる、比較的進行の緩やかなものが多いのです。

前立腺がんの発生や進行に強い影響を及ぼすのが、男性ホルモンです。前立腺の成長や働きに男性ホルモンが必要なのですが、同時に前立腺がんの細胞も、男性ホルモンの影響を受けてしまうのです。ここでいう男性ホルモンはいくつかのホルモンの総称で、ほとんどが精巣で分泌され、5~10%が副腎で分泌されます。このうち、精巣で分泌される男性ホルモンのテストステロンが、前立腺がんのトリガー(引き金)と考えられています。

たとえば、欧米の前立腺がん罹患率はアジアの約10倍と、日本人などアジア人より欧米人が前立腺がんにかかりやすいことがわかっています。これは食生活の違いの影響などもありますが、欧米人の血中におけるテストステロンの濃度が比較的高いため。逆に体質的に男性ホルモンの分泌が少ない人では、前立腺がんはほとんど発生しません。

がんというと、死に至るイメージが先行しがちですが、前立腺がんは進行が遅く、必ずしも死に至るわけではありません。若い頃から腫瘍はできているのに、60歳を過ぎてから発見されるケースが多く、高齢になるまで発見されにくいのが特徴です。とはいえ、前立腺がんのすべてが穏やかなわけではなく、中には進行が速かったり、ほかの臓器に転移するものもあります。それだけにPSA(前立腺特異抗原)検査などで早期の発見が重要になってきます。

◆高橋悟(たかはし・さとる)1961年(昭36)1月26日生まれ。日本大学医学部泌尿器科学系主任教授。85年群馬大学医学部卒。虎の門病院、都立駒込病院などを経て05年(平17)から現職。東大医学部泌尿器科助教授時代の03年、天皇(現上皇)陛下の前立腺がん手術を担当する医療チームの一員となる。趣味は釣り(千葉・飯岡沖の70センチ、3キロ超のヒラメが釣果自慢)と登山、仏像鑑賞。主な著書に「ウルトラ図解 前立腺の病気」(法研)「よくわかる前立腺の病気」(岩波アクティブ新書)「あきらめないで! 尿失禁はこうして治す」(こう書房)など。