私たちの身体には自律神経が備わっており、その働きで意思とは無関係に生命活動が行われます。日中や活動時に活発になる「交感神経」と、夜間やリラックス時に働く「副交感神経」がバランスを取りながら、内臓の働きや代謝、体温などを24時間コントロールしているのです。

このバランスが崩れると心身にダメージが生じることがわかっていますが、コロナ禍において、さまざまなストレスからくる自律神経の乱れを感じている方も多いそうです。緊張モードの時は抑制されているはずの腸の蠕動(ぜんどう)運動に異常が生じ大事な場面で腹痛が起きる、あるいは就寝時間になっても動悸(どうき)がおさまらないなど、症状は多岐にわたります。

気圧や気温の変化もストレッサーになることから、季節の変わり目であるこの時期は特に注意が必要です。口の中に現れる症状として顕著なのは、交感神経優位からくるドライマウスです。食事の際などリラックスモードで分泌されるサラサラの唾液は副交感神経の働きによるものです。

緊張が長く続く状況では交感神経の働きでネバネバの唾液が分泌され、さらには唾液の量自体が少なくなります。口の中を洗い流す役割の唾液が減ることで汚れが残り、虫歯や歯周病のリスクを上げるだけでなく、口臭も強くなるのです。

こうしたトラブルの鍵を握る自律神経のバランスにアプローチできる方法のひとつが「呼吸の様式」です。呼吸が浅く、早くなる口呼吸は交感神経を活発にしてしまうため、深くゆっくりとした鼻呼吸にして副交感神経を優位にするスイッチを入れるだけでも効果があります。

歯科治療の際、麻酔の注射針を挿入するタイミングで「鼻でゆっくり深呼吸してくださいね」と患者さんに話しかけるのは、緊張モードを和らげる工夫でもあります。

◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)日本大学歯学部卒。同大学大学院歯学研究科を経て東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務。テレビやラジオでのわかりやすい解説が評判となり、雑誌のコラムや日刊スポーツでの連載を担当。文筆家としての活動も積極的に行う。現在は東京医科歯科大学非常勤講師、日本アンチエイジング歯科学会理事、複数の歯科クリニックで診療。