歯科治療の対象は、虫歯や歯周病といったトラブルだけかと思われがちですが、他の臓器と比べて病気の種類が多いという事実はあまり知られていません。

口腔(こうくう)は、顎の骨(硬組織)から歯ぐき(軟組織)を介して歯(硬組織)が生えているという特殊な環境であるうえに、さらには乳歯から永久歯への生え替わりもあり、生涯を通じてダイナミックな変化を遂げます。特筆すべきは、さまざまな形態や硬さの食べ物、温度差のある飲み物が通過する過酷なコンディション下におかれた口腔粘膜の頑丈さです。

肌のターンオーバーは約6週間かかるのに対し、口腔粘膜は約9~12日で生まれ変わるとされ、たとえ傷がついても摂食に影響が出ないよう、早い回復がプログラミングされた人体の神秘を感じます。2019年(平31)、タレントの堀ちえみさんが舌がんに罹患(りかん)したことを公表し大きな話題となりました。「口の中にもがんができるのだ」といった気づきを世間に与えた勇気あるメッセージに、口腔がん治療に携わる歯科医師として深い感銘を受けました。

口腔がんの発生頻度は舌が最も高く、次いで上下の歯ぐきに見られます。どちらも自分の目で確認できる場所なので発見しやすいと考えられがちですが、実際に病院を訪れる患者さんの過半数はすでに進行した状態での診断です。

初期のがんの特徴として、あまり痛みを感じないという点が挙げられます。一方で、口腔がんとよく比較される口内炎は、痛みを伴うことが多い疾患です。コロナ禍で受診控えをしているという方も少なからずいるのではないかと思います。「痛くないけど2週間たっても治らない」、できものがある場合、迷わずただちに歯科を受診していただきたいというのが私の切なる願いです。

 

◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)日本大学歯学部卒。同大学大学院歯学研究科を経て東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務。テレビやラジオでのわかりやすい解説が評判となり、雑誌のコラムや日刊スポーツでの連載を担当。文筆家としての活動も積極的に行う。現在は東京医科歯科大学非常勤講師、日本アンチエイジング歯科学会理事、複数の歯科クリニックで診療。