昨季まで巨人の投手コーチを務めた小谷正勝氏(74)が哲学を語る不定期連載。昨年、がんの治療で入院中に読み込んだ本からインスピレーションを受ける。

小谷氏が読んだ種田山頭火の句集
小谷氏が読んだ種田山頭火の句集

約半世紀前の現役時代、プロ野球の移動は、ほとんどが電車かバスだった。

あらゆる分野の本を読みふけっていた。中でも、俳人「種田山頭火」(たねだ・さんとうか。以下、山頭火)の句集が、頭の片隅にずっと残っていた。

1882年(明15)、山口・防府市生まれ。大地主の長男として自由奔放に日本全国を放浪しながら、自由自在に句を詠んだ。大正、昭和時代に活躍した山頭火の俳句は、他とは一線を画していた。季語や「5・7・5」の定型を無視。感性に任せた。調べると「自由律俳句」というジャンルを確立したという。生きざまに憧れたのか、旅から旅の生活に自分を重ねたか。当時の心境は忘れたが、とにかく衝撃を受けた。

あらためて一読しても、訳が分からなかった。加えて新たな気付きとして、山頭火の句は全体のトーンが暗い。意味を考えることすら無意味に思えてきた。でも時間をおいて何度も読み返すと、切り取る風景に人生の機微が深くすり込まれているような気もした。

絶望と希望の表裏。「逆もまた真なり」の強烈な光が差してくるから不思議だ。山頭火の句には、すべて自分なりに解釈し、自分の正解を見つける楽しさがある。だから飽きない。短文と多様。時代を超え、現代にもマッチしている…普遍性があるようにも思えてきた。いつの間にか自分の野球人生に置き換え、どんどん引き込まれていった。

句集の中には、野球界にも通じる考え方が隠されているように感じた。代表的な1句がある。

分け入っても分け入っても青い山

山道を行けども行けども、開けた原っぱは見えてこない風景が浮かんだ。2軍生活が3年、4年と過ぎても技術に上達の兆しが見えない選手の姿も浮かんだ。練習も私生活も手抜きをせずにこなすが、前に進んでいかない。いわゆる指示待ち族で、言葉は悪いがくそまじめ。ひらめきが少ない人任せタイプは、プロの世界でも本当に多い。

では、ひらめきが多くなるには、どうしたらいいのだろう。野球が職業なのだから、どうすれば自分は1軍で仕事ができる選手になれるのか、24時間考えてみる。そうすれば嫌でも自然と「ああしてみよう、こうしてみよう」というひらめきが起きるはずである。

コーチや仲間は当然、助言をくれたり、相談に乗ってくれたりする。素直に聞く耳を持つことも必要だが、いつまでも他人の指図ばかりではゲームセンスは磨かれない。分け入って、分け入った先に青い空が見えてくる。

豊かな筆さばきで多くの作品を残した書家、榊莫山(さかき・ばくざん)の「人皆直行、我独横行」(ひとみなちょっこう、われひとりおうこう)の言葉も重なった。自分の金言、座右の銘の1つである。

言われたことには素直に従うが、自分の信念を基に行動する人は少ない。「世間では変わった、わがままな人と言われようが、意思で行動しなさい」と解釈している。

莫山と山頭火の思想は、よく似ている。プロ、特に投手が生きるヒントを示している。(つづく)

◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算10年で24勝27敗。79年からコーチ業に専念。11年まで在京セ・リーグ3球団で投手コーチを務め、13年からロッテで指導。17年から昨季まで、再び巨人で投手コーチ。