第104回全国高校野球選手権大会は、31日の西東京大会決勝(神宮)で49代表校が決まる。その西東京大会5回戦、国学院久我山に敗れた八王子学園八王子の「背番号12」のサイド右腕・浅井海飛投手(3年)は、敗戦の瞬間、グラウンドにうずくまった。「1人4役」をこなした、夏が終わった。
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浅井は今夏、投手としてだけでなく、三塁ベースコーチ、伝令役、副主将、たくさんの役割を任された。自らチームに貢献できる道を、探したからだった。
新チームになった当初、投手として結果を残すことができず、ベンチ入りできるか不安を感じていた。同学年の星野翔太投手や片山悠真投手は、140キロ以上の速球を投げ込んでいたが、浅井は130キロにも満たなかった。
どうすれば、自分は存在価値を発揮できるのか-。
考えた末に、練習試合で自ら三塁ベースコーチを務めることにした。そうすると、好判断で得点する場面が増え始めた。幼い頃から大きかった声も、ここでは生きた。
活躍が認められ、昨秋から正式にベースコーチの座をつかんだ。それでもポジションは投手だ。救援登板に備え、試合中もブルペンで投球練習をする。ベースコーチをしていれば、準備の時間は限られるが「僕は小さい頃から、10球くらいで肩を作れたんですよ。じっくり準備するとダメみたいで」。顔をくしゃっとさせて笑った。
市橋優大主将(3年)は「(浅井は)コミュ力が高いんですよね」と言いながら、「仲間を鼓舞する声をかけてくれるので、とても信頼しています」と感謝を口にする。安藤徳明監督(60)も「試合後も私にサインの意図を尋ねに来ます。こちらが言っていることに対して、とても理解力がある子です」と目を細めた。背番号は2桁でも、チームに欠かせない存在だった。
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7月17日の3回戦(対明学東村山)は、三塁ベースコーチで右腕をぐるぐると回し、3得点をアシストした。6回途中からは、3番手として登板。9回途中まで投げ、降板後は伝令役として再びマウンドへ向かった。グラウンドを駆け回り、チームは3-2で勝利した。この日、ブルペンでの投球練習は5球に満たなかった。それでも「新チームになって、ずっとやってきたことなので慣れています」と涼しい顔を見せた。「自分は八王子学園八王子に来て、能力が低いほうだと思った。なので、少しでもチームに貢献できることを探した結果、伝令に出たり、コーチャーやピッチャーもやらせてもらっている。とにかくチームのために、という思いです」。ひときわ真剣な目をして、そう言っていた。
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7月22日の国学院久我山との5回戦。浅井は初回から定位置三塁ベースコーチに立ち、何度も右腕を回した。4-5の8回2死満塁の状況からは4番手として登板し、この日本塁打を放っていた相手の4番・下川辺隼人内野手(3年)を一ゴロに仕留めた。打線は9回2死から同点に追いつき、浅井も無失点投球を続けた。
延長10回2死一塁。打席に再び、下川辺を迎えた。2ボール1ストライクからの4球目。外角をめがけたスライダーが、少しだけ中に入った。鋭い打球が三塁線へ。三塁手が飛びついたが、ボールはグラブの先を抜けた。打球が左翼ファウルゾーンを転々とする。一塁走者は一気に本塁に生還した。
延長戦の末のサヨナラ負け。国学院久我山ナインが歓喜に沸く中、浅井は本塁ベース付近で膝をつき、うずくまった。
あふれる涙が、止まらなかった。
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剛速球は投げられなくても、飛び抜けた特長がなくても、チームに貢献し続けてきた。だからこそ、1点も与えられない局面で、マウンドを託された。
うずくまる浅井のもとに、チームメートはすぐに駆け寄った。浅井がチームのために尽力し続けてきたと知っていたからだ。
1人4役。いや、それ以上だったかもしれない。泣き崩れる右腕へ、仲間は手を差し伸べた。悔しさと優しさに包まれながら、浅井海飛の夏が終わった。【藤塚大輔】




