カージナルスのマーク・マグワイアとカブスのサミー・ソーサによる1998年の激しい本塁打王争いが米国で今、クローズアップされている。スポーツドキュメンタリー番組でこのところ次々とヒット作を生み出しているESPNが、2人のドキュメンタリーを放送したためだ。

98年は、2人がシーズンを通して本塁打を量産し続け、デッドヒートの末にマグワイアが当時のメジャー新記録となる70本、ソーサも66本を放ち、米国の野球ファンを熱狂させた。その熱量たるや、最近ではまずお目にかかれないレベルのすさまじさだった。

マグワイアのパワーは想像を絶する破壊力で、試合前の打撃練習を見るために、早い時間から球場に詰め掛けるファンが大勢いた。2人による本塁打王争いが、94年のストライキによるファン離れからMLBを完全に立ち直らせたといわれた。

しかしこの熱狂的な本塁打合戦は、ステロイドスキャンダルへとつながっていった。ESPNのドキュメンタリーでは、作品の最後の10分までマグワイアのステロイド使用にもソーサのコルクバット使用にも触れておらず、批判が上がっている。

その年、カージナルスの取材をしていたAP通信のスティーブ・ウィルスタイン記者がマグワイアのロッカーの棚にアンドロステンジオンというステロイド薬の瓶があるのを見つけ、記事にしたのがスキャンダルの始まりだった。同記者は「その薬物は野球界では完全に合法だが、NFLや五輪やNCAA大学スポーツでは禁止されている」と当時の状況を説明し、マグワイアだけでなく多くの選手が使用していることを伝えた。

その後、MLBもドーピングを規制する方向へ進んでいったが、バリー・ボンズやロジャー・クレメンスら大物選手の薬物使用が次々と明らかになり、薬物スキャンダルは長く尾を引いた。

マグワイアはもともとメディア嫌いで取材は最低限しか受けず、愛想もすこぶる悪かったという印象だったが、薬物使用が明るみに出てからは、ますますメディアをシャットアウトした。カージナルスのクラブハウスに行くとメディアが立ち入り禁止になっていたこともあった。表舞台の熱狂とは裏腹にピリピリとした空気が充満し、取材する者からしてもあまりいい思い出ではない。メジャー史上最大の暗黒といわれる94年のストライキは、本塁打王争いの熱狂で救われた半面、結果的には薬物スキャンダルという負の連鎖を作ってしまった。

今、今季開催を巡るMLBオーナーと選手会の対立が多くのファンを失望させているが、これがまた新たな負の連鎖を生まないだろうか。いまだ開幕のめどが立たないMLBの状況を見ながら、そんなことを憂いてしまう。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)