久々に名前を聞いて、存在を後世に語り継いでいかなくてはならない、との使命感に駆られた。隻腕(せきわん)投手のジム・アボットさん(58)のことだ。15日(日本時間16日)に野球界のアカデミー賞とも言われる「ESPY賞」を受賞した。「ジミー・V賞」という部門で別名「不屈の精神賞」。まさにアボット氏にぴったりの賞だ。

アボットさんがMLBを引退したのは1999年だから、ご存じない読者も多いと思う。足跡から振り返りたい。

生まれつき、右手の手首から先がなかった。受賞スピーチで「このような身体で生まれた私は、人と違うということがどういうことかを知っていました。仲間の輪の外から中を見つめる立場がどんなものかも知っていました」と語った。

右手に左手用のグラブを引っ掛け、投球するとすぐに左手にはめた。ボールを捕球すると、すぐに右脇に抱え、左手でボールを取りだし、送球する。後に「アボットスイッチ」と呼ばれることになる早業を、幼少期から何度も至近距離の壁当てを繰り返すことにより、身に付けた。「自分の力を証明し、チームの一員になりたいと強く願う気持ちもあった」。努力で、野球チームへの加入をもぎ取ったのだ。

チームで野球を始めてからも、何度もバント攻撃に遭ったという。それでも「自分を信じ、信頼し、『きっと道はある』と信じてくれる良い仲間に囲まれれば……。人と違うやり方で物事を成し遂げられない理由など、この世のどこにもありません」。大学時代には、ソウル五輪に出場し、金メダルも獲得した。

1988年ドラフト1巡目、全体8位でエンゼルス入り。1年目から12勝を挙げるなど、活躍した。3年連続2桁勝利を挙げ、5年目にはトレードでヤンキースに移籍。93年9月4日には、ヤンキースタジアムでのインディアンス戦でノーヒットノーランを達成した。

さらにホワイトソックス、エンゼルスを経て99年にはナショナルリーグのブルワーズに。ここではメジャーの公式戦では初めて打席に立った。21打数2安打、3打点の成績を残した。この年限りで引退し、投手では通算263試合で87勝108敗、防御率4.25だった。「スポーツは私に数え切れないほどの恵みを与えてくれましたが、その中でも『自分には居場所がある』という感覚こそが、何よりも素晴らしい贈り物でした」と振り返った。

子供たちに向け、こんなメッセージも残した。「自分を信じ、信頼し、『きっと道はある』と信じてくれる良い仲間に囲まれれば。人と違うやり方で物事を成し遂げられない理由など、この世のどこにもありません」。小学2年生の時、担任の教師が、教室からアボット少年を連れ出し、「君にもできる方法がある」と片手でできる靴ひもの結び方を教えてくれたという。今でも、その方法を使っている。

次女が幼稚園のころ。「お父さんは自分の小さい右手が好き?」と無邪気に問われた。「そうだね。パパは自分の小さな手が好きだよ」と答えたという。

授賞式で、改めて言及した。「もちろん、いつも好きだったわけじゃない。決して楽な人生ではなかった。でも、これが私なんだ。そして、この手があったからこそ、行けなかったはずの場所へ私はたどり着くことができた。今夜、このステージに立てているのも、この手のおかげなんだ」。

アボット氏が隻腕で活躍する姿を見て、NFL、女子サッカー米国代表にも、隻腕選手が現れた。日本でも昨年、県岐阜商の横山温大外野手が、甲子園で大活躍した。

大概のことは、努力次第でなんとかなる。アボット氏は、改めてそう感じさせてくれた。前向きに生きようと、力をもらった。野球に携わる人には、後世にも語り継いでいってほしい。【斎藤直樹】

(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「斎藤直樹のメジャーよもやま話」)