投打二刀流でフル回転する「令和の鉄人」が、元祖鉄人ゆかりの地で、記念日とも重なるマウンドに上がるかもしれません。
6月2日(日本時間同3日)、全米各地の球場で「ルー・ゲーリッグ・デー」が開催されます。エンゼルスは敵地ニューヨークでのヤンキース戦。ローテーション通りなら、大谷翔平投手(27)がDH兼任で先発登板することになりそうです。
大リーグ機構は昨年から、“Iron Horse(鉄人)”と称されたルー・ゲーリッグ一塁手の功績をたたえると同時に、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘う人々を支援するため、毎年6月2日を「ルー・ゲーリッグ・デー」と制定しています。当日は各球団の監督、コーチ、選手たちは史上初の永久欠番となった同氏の背番号「4」にちなみ、「4-ALS」のロゴを着けてプレーします。
ゲーリッグは1923年からヤンキース一筋で17年プレー。伝説の本塁打王ベーブ・ルースと史上最強の3、4番コンビを組み、ヤンキースの第1期黄金時代を築きました。また、25年から当時不滅の大記録と言われた2130試合連続出場を達成しました。
しかし1939年、後に病名が判明したALSに侵されてから打球に勢いがなくなり、5月1日に自ら監督に「休ませて欲しい」と申し出ました。連続出場は途切れることになり、前日4月30日のセネターズ戦が最後の試合となりました。通算打率3割4分、493本塁打、1995打点を誇る偉大なスラッガーも、この年に限れば8試合で打率1割4分3厘、0本塁打、1打点。体の力を奪っていく病の影響は隠せませんでした。
筋肉がやせて力がなくなっていくALSは、現在も根本的な治療法が確立されていません。発症から3年足らずで大打者の命をも奪ったことで「ルー・ゲーリッグ病」と呼ばれるようになり、日本では厚生労働省指定の難病になっています。
同年7月4日の米国独立記念日には、本拠地ヤンキースタジアムは約6万2000人の大観衆で埋まり、盛大にゲーリッグ・デーが開催されました。ゲーリッグは最後に、「私はこの世で最も幸せな男です」という名スピーチで結んで、栄光の背番号4を際立たせながらダッグアウトに消えました。彼の生涯を描いた不朽の名作「打撃王」(1942年)でも名優ゲーリー・クーパーによって好演され、映画史に残る感動的なシーンとして語り継がれます。
大リーグ機構が選手名を冠した記念日を制定するのは、20世紀初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソン(ドジャース)、社会貢献にも尽力したロベルト・クレメンテ(パイレーツ)に続いて3人目です。6月2日は1925年にゲーリッグが正一塁手に抜てきされた日であり、1941年に37歳の若さで亡くなった命日でもあります。
大谷は昨年6月30日、ヤンキースタジアムで初めて先発登板しました。しかし、1回持たず2安打5四死球で7失点。日米通じて自身1イニングワーストの7失点となり、わずか41球で降板しました。2日に登板実現なら、2年越しで雪辱のマウンドになります。
また大谷は昨年8月16日、ルースの命日でもヤンキースタジアムで試合を戦いました(指名打者で4打数無安打)。ヤンキースを代表する大打者2人の命日に、同じニューヨークで2年連続プレーできるとは、不思議な縁を感じます。
前回登板の5月26日ブルージェイズ戦では、試合中に腰の張りを感じ、6回5失点で3敗目。腰の影響もあって打席では代打を送られました。次回登板予定は流動的なところもありますが、指名打者では同28日からスタメンに復帰しています。まさにゲーリッグのような不屈の闘志で、同じ左打席に立つ姿を見たいです。そして、大きな弧を描くルースのアーチとは対照的な、ゲーリッグばりに痛烈な弾道の1発を期待しましょう。(大リーグ研究家・福島良一)




