日本が生んだ最高傑作のプロ野球選手マリナーズ・イチロー外野手(45)が21日、東京ドームで行われたアスレチックスとの開幕第2戦を最後に、28年間の現役生活に終止符を打ちました。現在、東北総局には過去にイチローを取材した記者が4人在籍しています。唯一無二のスターに対し、わずかな時間でも直接向き合えたことは、今も心に残る貴重な財産になっています。今日から4回「ありがとうイチロー」と題し、それぞれ思い出の1シーンを振り返ります。

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私がカメラマン時代、被写体が誰であろうと、一番撮りたいと思っていたのが「素の表情」だった。しかし、イチローほど難しい選手はいなかった。そう、喜怒哀楽をめったに出さないのだ。常に隙を見せない。球場入りからベンチ裏に消えるまでの一挙手一投足、近寄りがたいオーラを発していた。自分のルーティンに少しでも悪影響を与えるものを寄せ付けない、緊張感漂う雰囲気。それでも、どんな瞬間でも絵になってしまうからつい多くのシャッターを切ってしまう。試合中、ベンチでの表情を至近距離で撮った際にはギロリと視線を送られた。外野に移動し守備を狙っていてもサングラス越しに凝視された。冷や汗ものだったが、こちらも信念をもって撮っていたので、強がって視線をそらさなかった。

01年のメジャーデビュー年に、塁上でヤンキースの大スター、デレク・ジーターから話しかけられた時に見せた、はにかんだ笑顔は忘れられない。まるで童心に帰ったかような表情は、初めて見るものだった。そして忘れられないのが、世界一に輝いた06年の第1回WBC。試合後は私もグラウンドに飛び降りて写真撮影を続けた。目の前には王監督、トロフィーを手にしたイチローがいたが、今回ばかりはビビっていられない。オーラに負けて遠慮していたら後悔する。無視されるのを覚悟しながら何度も「イチローさん、こっちお願いします!」と声をかけた。そこには、これまで見ることがなかった自然な笑顔があった。無邪気な野球少年のような喜びが伝わってきた。

ラストゲーム(21日)は秋田のホテルでテレビ観戦していた。8回の交代時、試合後に再び登場したとき、テレビ画面はイチローの素の表情にあふれていた。会見での「このあと時間がたったら、今日(引退試合)が一番真っ先に浮かぶことは間違いないと思います」の言葉は、ものすごく納得できた。これまで取材するたび、緊張感があった。だからこそ、最後に見せた表情が、イチローの本心を表していると感じることができた。【野上伸悟】