巨人原監督 金田正一さん弔辞「教えは私が後世に」

  • 金田正一氏の遺影(撮影・加藤諒)
  • 金田正一氏の祭壇(撮影・加藤諒)

巨人原辰徳監督(61)が21日、都内で行われた金田正一さんのお別れの会で弔辞を読んだ。

「金田さん、辰徳です。長きにわたりいろんなことを教えていただきました。私にとって父であり、師匠であり、前人未到400勝投手、憧れの先輩でした。本当にお世話になりました。金田さんと初めてお会いしたのは、私が高校3年生の時でした。金田さん覚えていますか? 相模カンツリー倶楽部、父に連れて行ってもらったコースでした。私の前の組は金田さん、長嶋さん、王さん。短いパー4のコースで大変な事件を起こしてしまいました。たまたまドライバーが真芯に当たり、1オンしてしまったのです。3人の大先輩が振り向かれ、私は心臓が止まるかと思いました。大きな声で『すみません』と謝りながら、深々と頭を下げました。一番体の大きい金田さんは怖い顔をされているように見えましたが、長嶋さん、王さんはニコッと笑って手を上げてくださりました。少し安心してグリーンに上がりボールを探していたところ、ちょっとだけ顔が見えてるボールがありました。あとで聞きましたら金田さんが踏んでくれたそうです。金田さんの愛情を感じました。私の現役時代はまるで子ども扱いでしたね。『まあまあ頑張ってるな』。『まあまあ一生懸命やりなさい』。その程度でした。しかし私が2002年巨人軍の監督に就任してからは野球を教えていただき、その金言はいくつもありました。特に、チーム状態が悪い時には明るい声で電話をくださり、幾度となくアドバイスをくださりました。柔軟体操をして体を柔らかくしなやかに動かしているかと。下半身をしっかり鍛えて、下半身始動の野球ができているか。全力疾走、全力投球、全力スイングはできているか。選手にもたくさん指導していただきました。年に5、6回は食事をしながら、野球談議いや、講義でしたね。食事も野球の内と常に言われていました。金田さんは大変な美食家でご指定のお店はどこでも本当においしく、何回かに一度は生意気にもごちそうさせていただいた時に、『何を気を使ってるんだ』と言いながらニコッと笑っていらっしゃいました。金田さんとの食事会はいつも楽しみでした。偉大な野球人の先輩である金田さんからちょうだいしたたくさんの教えは私が後世に伝えていきます。安らかに安らかにお休みくださいませ」