話芸家で知られる山田雅人の『かたりの世界』は独特で興味深い。マイク1本で、スポーツ選手、文化人など、著名人の人生、名場面を独自の切り口で語り尽くす。
拙者も松下幸之助、星野仙一を題材にした公演に足を運んだが、すっかり引き込まれた。100本以上の持ちネタは笑いあり、涙あり。自らが取材した真に迫ったもので白熱する。
全国各地で舞台に立ってきた山田が、今回初めてネット配信を試みる。8月1日に生配信される第1回は巨人、ヤンキースに所属した『松井秀喜物語』だ。
数年前、巨人軍終身名誉監督長嶋茂雄の誕生パーティーの席で披露すると、ニューヨークから駆けつけた松井も壇上で感極まったのだという。少しだけネタをばらそう。
1992年(平4)8月16日に行われた甲子園大会2回戦の明徳義塾戦(高知)、星稜(石川)の4番松井は5打席連続敬遠にあった。メガホンが投げ込まれるなど社会現象になった。
18歳の松井は表情を変えず一塁に歩いた。山田の語りは、故郷の石川県根上町(ねあがりまち=現能美市)を訪れて父昌雄ら関係者の取材をもとに核心に触れる。
「松井さんが1度もバットをたたきつけなかったのは少年時代の教えがあります。根上中野球部コーチだった高桑充裕さんが『おれは道具を大切にしない野球選手は育てない』と教えたそうです。高桑さんも星稜OBで監督の山下智茂さんの薫陶を受けてるんです」
松井がバットを振らずに我慢して一塁に歩いたのは、名将山下の教えが原点にあった。山田は長嶋との師弟関係、ヤンキース時代にも焦点を当てる。
「松井さんの打撃を語るとき『松井はヒットを打てる球を見逃します。ホームランできる球だけを待つんです』という下りがあります。あとで松井さんから『ぼくからホームランを狙ってるとは決して言えません。どうしてぼくの気持ちがわかったんですか?』と言われました」
松井本人からもお墨付きをもらったストーリーだが、あとは当日のお楽しみで。どこか気の晴れない夏だが、ここは熱いドラマに浸ってみようか。(敬称略)
◆チケット購入 <1>「かたりの世界オンライン」(※かたりは「ひらがな」)で検索。「ピーティックス」のチケット販売ページから<2>「ドキハキ」のツイッターにアクセス。販売ページのURLをクリック(http://katari.peatix.com/)。オンライン当日の8月1日午後7時半頃に視聴ページのURLが送られ、そこにアクセスすれば視聴可能。7日までアーカイブ対応。



