WBC世界ミニマム級14位田中教仁(のりひと、37=三迫)は、敵地タイで王者に屈した。同級王者パンヤ・プラダブスリ(31=タイ)に挑戦。激しい打ち合いを続けて12回を戦い抜いたものの、0-3の判定負けを喫した。

試合後、所属ジムを通じ「倒せなかったな、と。気持ちを出して(前に)出ようと練習してきたのですが。何もかも情けない」と反省した。

序盤から圧力をかけ、ボディー攻撃で王者の体力を削ろうとした。右強打で攻め込み、王者の左目は腫れあがった。健闘の内容だったが「(ロープに詰めて)手が出なかった」と唇をかんだ。

20年3月、WBA世界同級スーパー王者ノックアウトCPフレッシュマート(タイ)に判定負けを喫して以来、2度目の世界挑戦。再びタイで世界挑戦することは本人の強い希望だった。「初挑戦でもなく、指名挑戦者でもない。ジムがくれたチャンスなので…(三迫貴志)会長にベルトを巻きたかった」と両肩を落とした。

タイに同行した三迫会長は「チャンスもあったし、何度も(パンチを)効かせていた。左フックで(王者が)腰を落とした場面もあったし、もう1歩。試合展開は想定内でしたし、全ラウンドで倒せないと勝てないと言い続けていたが、本人が相手を見すぎて1発を狙いすぎたと思う」と分析した。

これで日本ボクシングコミッション公認によるタイ開催の日本人世界戦は63年1月、ファイティング原田が判定負けして以降、26敗1分けとなった。