元統一ヘビー級王者ジョージ・フォアマンさんが死去した。76歳だった。フォアマンさんの家族がインスタグラムで3月21日(日本時間22日)に亡くなったと報告した。1968年のメキシコ・オリンピック(五輪)決勝でヨナス・チェプリス(リトアニア)を倒して金メダルを獲得。プロ転向後も世界ヘビー級王座を2度獲得するなど名勝負を繰り広げた。
6人兄弟のフォアマンは、米テキサス州ヒューストンで育った。14歳で学校を中退し、友人たちとギャングのような生活を送ったが、貧困に苦しむ若者を支援するプログラム「ジョブ・コープ」に参加し、西海岸に旅してボクシングを始めたことで、競技人生が始まった。
69年6月に3回KO勝ちでプロデビューし、37戦全勝で73年1月、統一王者ジョー・フレージャーを計6回のダウンを奪って2回TKO撃破し、王座獲得に成功した。当時ムハマド・アリ(米国)に勝利したフレージャーを圧倒したことで世界を驚かせた。73年1月には来日し、日本武道館で初防衛にも成功していた。
40勝無敗のまま、74年にザイール(現コンゴ)でアリの挑戦を受けたものの、アリ「ロープ・ア・ドープ(ロープを背にディフェンス)」戦術で体力を消耗して逆転の8回KO負け。当時25歳のフォアマンが、同32歳のアリに敗れる大番狂わせに「キンシャサの奇跡」と呼ばれた。
プロキャリア初黒星後、1年以上休養した後に76年に復帰したが、77年3月、格下のジミー・ヤングに敗れた後、引退を決意した。ヤング戦後の控室で体験したという霊的な臨死体験を契機に、キリスト教の牧師に転身した。
10年後の87年、貯金が底をついたとして38歳で現役復帰し24連勝を飾った。91年には統一ヘビー級王者イベンダー・ホリフィールド(米国)に挑戦したが、判定負けで王座返り咲きはならなかった。しかし94年11月、無敗の統一ヘビー級王者マイケル・モーラー(米国)に挑み、10回kO勝ち。アリ戦から20年以上経過し、45歳9カ月で世界王座に返り咲いた。97年11月、シャノン・ブリッグス(米国)に判定負けたした後に完全に引退。引退後はHBOワールド・チャンピオンシップ・ボクシングの解説者などを務めた。
プライベートではアリとも親しく、頻繁に電話で連絡を取り合い、両者の子供たちにまで続くほどの友情を築いた。5度結婚し、12人の子供が誕生。5人の男子全員にジョージの名がついた。5番目の妻メアリー・ジョーン・マーテリー夫人と亡くなるまで一緒に過ごしたという。
フォアマンのムーア戦勝利を含む多くの試合のプロモートを務めた米プロモート大手トップランク社のボブ・アラムCEOは「ジョージは私だけでなく私の家族全員にとって素晴らしい友人でした。私たちは家族の一員を失い、非常に悲しんでいます」と追悼した。

