都知事選の様子や河井克行議員夫妻の報道に接するたび、己が議員だった頃を思い出す。1つ1つの思い出を書く紙幅をもたないので、2つだけ忘れられないことを書く。
サッカーくじ法案(スポーツ振興投票法)の提出者の1人として答弁席に立つ。この法案は、議員立法のため閣僚が質問に対して答弁しない。当選6カ月の新米議員が答弁席に立つのは異例だろうが、文部省(当時)の官僚たちは、私を推薦した。
共産党の女性議員の質問。「教育をつかさどる文部省が、ギャンブルの法律を作るのはケシカラン。スポーツ振興のためでも、ギャンブルは認められません」。自民党の田中真紀子議員も反対するくらい難産の法案。
どの答弁者も手を挙げて質問に答える気配なし。やむなく私が手を挙げた。「今、先生は、ギャンブルは悪の権化のごとく反対論を述べられました。しかし、先生は選挙というギャンブルに勝利して、この国会におられます。進学も、結婚も、人生は、ほとんどギャンブルです。100円でサッカーくじを買う。それでスポーツの振興に役立つのですから、ご理解をお願いします」。委員会場、大爆笑に大拍手。委員長は「ご静粛に願います」。
もう1つ、ある問題で政倫審(政治倫理審査会)に掛けられた。テレビで生中継あり。社会党の女性議員が私に言う。「アナタは、スポーツマンでしょう。こんな問題を起こしたのですから辞任すべきです。なぜ、やめないのですか」。私の答弁。「お話しされたとおり、私はスポーツマンです。辞職を勧告されましたが、スポーツマンはネバー・ギブ・アップです」。やはり大爆笑、何のおとがめもなしに終わる。切り返しが大切なのだと悟った。
11年間、衆議院議員として議席をいただいた。野党も与党も経験したうえに、落選も経験した。「法律づくり」もおもしろかったが、現在のように「人づくり」もおもしろい。人生とはギャンブル、何でも本気で打ち込むべし、か。

