昨年8月、誤嚥(ごえん)により、軽度の小脳出血を起こして入院し、同11月に退院した加山雄三(83)が4月11日に、音楽活動再開となる配信シングル「紅いバラの花」をリリースする。このほど、日刊スポーツなどのインタビューに応じ、現在の体調や、新曲への思いを語った。
インタビュー部屋に入ると、ふ菓子を頬張りながら、元気な笑顔で迎えてくれた。加山は「体調はすこぶる良いんだけど、しゃべるのは70%くらいかな。ギターの指の細かいのが弾けないんだよね」。
昨年8月29日に救急搬送された。その際、せき込んだことにより、軽度の小脳出血を起こしていることが発覚。同11月9日に退院し、これまで療養していた。「おかしいなって思ったんだ。自分と関係なく手が動きだしたんだよね。自分で触ったら他人の手みたいな感じで、おかしいぞって」と、当時の状況を明かした。
診断後、即入院した。「どうしてこうなったんだろうって。でも、これは、誰が治すんだ。自分の努力しかないんだと感じて、つらいけれども、誰が助けてくれるわけじゃなくて、自分で克服しなきゃいけない」と、自分にむちを打ち、リハビリに励んだ。
ファンの存在がなによりの活力になった。「どう思っていらっしゃるのか。なんとか元気な姿で戻れたら。俺は元気だと早く言いたいな。そればかり考えていた」。「皆さんあっての俺なんだから。ファンの人がいなければ、いくらおれが曲出してもだめ。聞こうとしてくださる人がいて、ステージやれば、お客さんが来てくださって、一生懸命歌う。それで、相乗効果が生まれる。それをありがたいと思わなければ、どうするんだって」と笑う。
そんな加山は、人生において「努力」が大事だという。「例えば、望みを持った場合には、それをかなえるのも全部、自分自身の努力しかない。回復するためにも、やるのは私自身。自分がどこまで努力できるか」だという。
努力を継続し、60周年を迎えた。「長いねえ」と、感慨深い表情を浮かべた。「長い人生だけど、それだけのことをやれたことがありがたい。振り返ることができて、その間にやったことが映像で見られるなんて、普通ないよ」と、感謝した。
新曲「紅い-」は、60年代に収録した未発表デモ音源がきっかけだ。リハビリとトレーニングの中、自宅の倉庫を整理していた時に、見つかった。「これ、おれ?なにこれって言ったよね。50年前くらいに歌った曲が、今歌っても、そんなに声の質とかが違わないんだよ。重ねて歌っても、ピタリと合ってしまう。俺らしいといえば、俺らしいけどね」。
退院後、加山本人がディレクションをし、バンドアレンジと当時のボーカルを生かしながら、現在の加山がボーカルを収録した。Aメロには当時の加山が、Bメロは今の加山が、戻ったAメロは当時の加山に今の加山がハーモニーをつけ新旧コラボレーションが実現し、新曲として生まれ変わった。
同曲には「時が巡り、君とまた会える日がきた」という歌詞がある。コロナ禍、60周年という今、時が巡って出会った。「当時の自分からのプレゼントみたいな。未来の自分に向けて、書いてるのかとも思えるもんね。今やるべき事をくれたような曲。大変なことだよ、これ」と笑った。
録音機を手に入れることが難しかった時代に作った曲を、60年後に、同一人物がディレクションするなど、これまで聞いたことがない。「やりたくたって、できないよ。そういう運命にあったことは、大変だったけど、よくがんばりましたって言いたいね」。
「紅い-」の他にも、未完成の曲が多く見つかったという。加山はそれら全ての事に、感謝をしている。「いろんな人に支えられて、助けられた。今、歩けるのもみんなのおかげ。これは感謝しかないね。それしか、言いようがない。自分が音楽を愛してきたことも、自分自身にありがとさんよ。それを出して、聞いてくれる人がいないと成り立たないのが、エンターテインメント。それをちゃんと続けられた。ファンのおかげだよ」。
今後の目標を聞くと「俺は、94くらいまでは間違いなくやるよ。あと10年くらい。10年くらいはなんとかなると思うんだ」言い切った。「声は今も変わっていないから。音楽もまだ出てくるし、聞いてくれるうちは、作っていくのが自分の生きがい。音楽を愛してきてよかったなって思う。いつになっても、いいなっていうのを作って、出すべきだよね」。【聞き手=佐藤勝亮】



