6月23日、かりゆしの喪服を着て取材させていただいた慰霊式典。沖縄は、これまでになくピリピリしているように感じられた。
先月、自民党の参院議員が、ひめゆり女子学徒隊についての記述が「日本軍が入ってきて隊員が死ぬことになったと歴史を書き換えている」とうそを言い立てた。
私の取材に応じてくれた玉寄哲永さんは、沖縄戦で3歳の弟を亡くした。米軍から逃げまどう中、弟のためにやっと手に入れたおわん1杯のおかゆを日本兵は、すがる母に銃剣を突きつけて奪った。「どんなにうそで固めようと日本軍が沖縄で何をしたか、10歳だった私の目に焼きついている」。
その玉寄さんは2007年、高校の教科書検定で沖縄県民の集団自決について日本軍の「関与」「強制」の文字が消えた時、史上最大、11万6000人の抗議集会に向けて走りまわった。その時の女子高校生の「ならば私たちのオジイ、オバアがうそをついているということなのでしょうか」という声は、いまも沖縄の人々の耳に残っているという。
だが、玉寄さんも91歳。沖縄戦を語り継ぐ最後の世代だ。いや語り継ぐだけではない。どう語り継ぐか。沖縄の地元2紙の悩みも深い。
<虐殺 食料強奪 壕追い出し 軍の蛮行 =近年「貢献」と美化に一変>(琉球新報)。<日本軍司令官辞世の句 軍が書き換え 戦意高揚><陸自、記述改変を認識>(沖縄タイムス)。さらに<沖縄戦どう語り継ぐ 研究者や小説家トーク>(同)の記事もあった。
琉球新報のコラムは、NHKのドラマ「あんぱん」で主人公の1人が中国戦線に送られる。飢えた部隊の兵が<現地住民に銃を向けて食料を奪おうとするが、住民は行為を哀れみ、ゆで卵を差し出す。それを「略奪」ではなく、「供出」と解釈すれば日本兵の残虐さは薄らぐ。それでいいのか>と書く。
戦後81年へ。「語り継ぐ」から、「どう語り継ぐか」へ。日々問い続けたい。「それでいいのか」。
◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)ジャーナリスト。TBS系「ひるおび」東海テレビ「ニュースONE」などに出演中。


