東日本大震災の津波で行方不明になっていた福島県大熊町の木村汐凪(ゆうな)ちゃん(当時7)の遺骨の一部が同町で発見されたことが、25日までに分かった。東京電力福島第1原発事故により、当初から満足な捜索ができない中で父紀夫さん(51)が独自に捜索。津波で家族を失った南相馬市の上野敬幸さんら仲間たちに支えられながら、捜索に通い続けた末の再会だった。紀夫さんは今日も大熊町で捜索を続けている。

 あれから2101日目の今月9日、汐凪ちゃんの遺骨の一部が見つかった。首とあご部分とみられる遺骨を作業員が発見。11日には別のあご部分とみられる遺骨も見つかり、紀夫さんも現場で対面した。

 DNA型鑑定の結果、汐凪ちゃんのものと分かり、22日に福島県警から連絡があった。紀夫さんは「汐凪が、自分から出てきてくれたように感じた。クリスマスプレゼントを受け取った気がする」と話した。

 紀夫さんは25日も大熊に入り、今日も捜索を続けている。「まだ一部が見つかっただけ。これからも捜し続ける」と話した。年明けにも捜索に入る予定だ。

 発見された場所は、自宅近くを流れる熊川河口付近に集積されたがれきの山の1つという。遺骨が発見されたがれきからは12年6月5日、汐凪ちゃんが当日にはいていた靴の片方が発見されていた。

 別のがれきの山からも家族の服や靴が発見されている。紀夫さんはこれらのがれきの山を「宝の山」と呼び、一時帰宅を利用した独自の捜索を繰り返してきた。

 13年9月からは、家族4人を津波で失い、長男倖太郎ちゃん(当時3)と父喜久蔵さん(当時63)の行方が分からない南相馬市の上野敬幸さんら「福興浜団」メンバーに支えられて一緒に捜してきた。紀夫さんは「『ここにいるよ』とずっと手を振っていたのだろうと思うと、申し訳ない気持ちになる」と話した。

 熊町小1年生だった汐凪ちゃんは11年3月11日、小学校前の児童館から、祖父王太朗さん(当時77)と車で自宅に向かい、行方不明になった。母深雪さん(当時37)も連絡が取れなくなった。紀夫さんは徹夜で3人を捜したが、東京電力福島第1原発事故により、翌12日に避難を余儀なくされた。無事だった汐凪ちゃんの姉と祖母を守るための決断だった。

 大熊町は東電の事故のために警戒区域となり、警察や自衛隊でも当初は満足に捜索できなかった。11年4月10日に深雪さんがいわき沖で、同月29日には王太朗さんが大熊町の自宅前で発見されたものの、汐凪ちゃんだけは見つからなかった。

 紀夫さんは「娘はなぜ6年近くも待ち続けなければならなかったのか。事故がなければ、もっと早く見つけてあげられた」と話した。