政党要件を維持できるか崖っぷちの戦いとなっていた社民党から参院選比例代表に立候補していたタレント、ラサール石井氏(69)が当選確実となった。夜が白み始めた21日午前4時10分から、東京・隼町の同党開票センターで福島瑞穂社民党党首(69)と会見した。
深夜どころか、暁の会見だ。残り数議席となったところで一般紙がウェブで次々と「当確」を午前3時前後に報じる中、社民党関係者は沈黙を守った。開票センターは午前4時までしか借りていない。午前11時からの党本部での会見で仕切り直しとなる前の午前4時過ぎのNHKが当確を報じて会見となった。
ラサール氏は「大変お待たせいたしました。長い間の17日間の選挙戦、そして当確が出る夜明け前まで。選挙の全てを堪能させていただきました。ラサール石井、社民党に投票していただいた皆さま、スタッフの皆さまに感謝申し上げます。ありがとうございました」とかすれた声で、目を潤ませながら話した。
公職選挙法に定められた政党要件は「所属議員5人以上」「直近の衆院選か参院選で得票率2%以上」のどちらかを満たす場合とされている。「まだ政党要件が2%と1・9%の間をウロウロしている。確実になったわけじゃない」と言いながらも「福島さんと手を組んで、社民党をリブートして盤石なものにしていきたい。自公は半分を割ったけど、憲法を改正しようとする勢力は3分の2になる。護憲・平和・共生という理想を掲げて正論で、たとえお花畑と言われても、確固たるお花畑をつくりたい」と決意を口にした。
福島党首は「社民の候補はみんな当選させたかった。ラサールさんの他も素晴らしい候補ばかりでした。ラサールさんが意を決して転身、立候補してくれた。ここから精いっぱい頑張っていきたい」と話した。
ラサール氏は早大在学中の1977年(昭52)に渡辺正行(69)小宮孝泰(69)とお笑いトリオ、コント赤信号を結成。フジテレビ系「俺たちひょうきん族」、舞台「こちら葛飾区亀有公園駅前派出所」など芸能界で長く活躍してきた。03年(平15)前身の舞台「伊東四朗一座」から毎年出演してきた「熱海五郎一座」の公演を先月27日に終え、その3日後に出馬会見。選挙戦には小宮、そしてピンクの電話の清水よし子(67)も応援に駆けつけた。
ラサール氏は「リーダー(渡辺)とかから、続々とお祝いの連絡が来ている。早めに、確定前から続々と」と笑った。そして、今後の芸能活動について「お芝居は劇場を1年前や2年前に押さえるから、まだ残っているスケジュールもある。国会がない時や、短いもの、先に決まっているものは出演したい。国会を休むようなことがあったら、歳費は返上する」と話した。20年以上レギュラーとして出演してきた「熱海五郎一座」の来年の出演については「(座長の)三宅裕司さん、白石(千江男)プロデューサーと話し合って、当落に関係なく、来年からは出演しないことに決めました。非常に残念ですが」とけじめをつけた。
国会議員としての抱負を聞かれると「やれることは地道なこと。ガソリンの暫定税率廃止や、マイナンバーカードにはずっと反対してきたので紙の保険証を延長したい。奨学金地獄も、大学までの無償化に挑戦したい。英語教育改革では、受験英語じゃなく、高校を卒業すれば全ての人が、聞いて話せるのを目指していきたい」。
選挙戦を振り返って「ずっと『人間にファーストもセカンドもない』と言ってきた。当たり前で正論だけど、エーッと思われる風潮がある。人間は生まれてきた時は同じ。だけど違いはある。それを認めて、みんなで少しずつ我慢して、弱い者を助けよう。理想論と言われるけど、成し遂げた人は理想を掲げた人。大人になると『甘くないよな』となるけど、お花畑も土を耕し、種をまいて、毎日水をやってできる。理想を掲げることが責められる風潮がおかしい。それを社民党として、ぶれずに引き戻していきたい」と話した。
コント赤信号を結成して所属した石井光三オフィスの石井光三社長は15年に83歳で亡くなった。芸の道を断っての政界入りに「立候補は、社長だったら『ええがな』と言ってくれた可能性があると思う。当選したから『やり、やり、頑張り~』って言ってくれると思う」と恩人をしのんだ。

