「セブン・イレブン」を傘下に持つ流通大手セブン&アイ・ホールディングスは25日、名誉顧問の鈴木敏文(すずき・としふみ)さんが18日、心不全のため亡くなったと発表した。93歳だった。通夜ならびに葬儀は遺族の意向で、近親者のみにて執り行うとした。喪主は長男で外科医の鈴木隆文氏。
鈴木さんは、1932年(昭7)12月1日、長野県生まれ。1956年(昭31)に中大経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)に入社。63年にヨーカ堂(現イトーヨーカドー)に入社。米国で展開されていたコンビニエンスストアに着目し、73年11月に米サウスランド社とエリアサービス、ライセンス契約を締結。翌74年5月に、東京都江東区の豊洲にセブン-イレブン1号店(東京都江東区・豊洲店)をオープンした。
75年には、福島県郡山市・虎丸店で24時間営業を始めて導入し「あいてて良かった!」が、広く知られるキャッチフレーズとなった。78年にも、業界初となる、おにぎりの販売に挑戦。家庭でつくったおにぎりを目指しながら、パリパリの、のりという差別化で大ヒットに導いた。
同年にはセブン-イレブン・ジャパンを立ち上げ、社長に就任。日本にコンビニを根付かせた「コンビニの父」と言われる。91年には米国のセブン-イレブン(サウスランド社)を傘下に収め、世界最大のコンビニチェーンへと成長させた。92年にはイトーヨーカドー社長、セブン-イレブンジャパン会長、05年にセブン&アイ・ホールディングスを立ち上げると、会長兼CEOに就任した。
ただ、16年4月7日の取締役会で、自身が示した子会社のセブン-イレブン・ジャパンの社長交代人事案が社外取締役らの反対で否決され、創業家の理解も得られなかったため混乱の責任を取り、辞任。経営の一線から退いた。

