1年前の今頃はワクチンさえ開発されれば新型コロナウイルスは収束に向かい、コロナ禍前の生活に戻れるだろうと多くの人が期待していたと思いますが、現実はそう簡単ではなかったようです。

世界の中でもいち早く昨年12月中旬からワクチン接種を開始したアメリカでは、より感染力の高い変異種デルタ株の蔓延によってワクチン接種後に感染する「ブレークスルー感染」が急増しており、昨年の同時期と比べて新規感染者数が300%アップという最悪の状況になっています。ワクチンはデルタ株にも効果があると言われるものの感染を100%防ぐことは難しく、さらに接種後時間の経過とともに防御効果が低下するため、接種から半年ほど経過した人たちを中心にブレークスルー感染が広がっています。

3連休初日となった4日のサンタモニカは、歩くのも困難なほど人で溢れていました
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これまでブレークスルー感染はまれだと言われてきましたが、デルタ株の出現で状況は一変しており、LA郡の保健当局は7月末にブレークスルー感染が30%増えたことを公表しています。ロサンゼルス(LA)・タイムズ紙によると、住民のおよそ60%近くがワクチン接種を終えているLA郡で、先月末時点の累計感染者の0.71%がワクチン接種者で、そのうち0.02%が重症化で入院し、118人が亡くなっているといいます。一方、重症化して亡くなった人の多くは基礎疾患を抱えており、健康な人はブレークスルー感染しても軽症で終わることがほとんどのようです。

LA郡の保健当局の発表によると、ワクチンを接種していない18歳から49歳の若い世代がもっとも感染するリスクが高く、接種者に比べて3倍感染しやすいという結果が出ています。一方で、入院率では10万人あたりおよそ60人と50歳以上の未接種者の割合が最も高く、接種済みの5人と比較すると12倍もリスクが高いことが分かります。また、死亡率においても未接種の50歳以上は22倍高くなるといい、ワクチンを打っているかいないかで重症化率や死亡率に大きな差が出ていることが分かります。

ブレークスルー感染してもワクチンを接種していればほとんどが軽症または無症状のため、感染に気がつかず普段通り生活している人も多く、知らぬ間に未接種者に感染を広めているケースが増えています。その結果、これまで重症化しにくいと言われてきた子供の入院が増えているほか、フロリダやルイジアナなど南部の州を中心に高齢者や基礎疾患のあるハイリスクの未接種者の死亡が増えており、一部の州ではパンデミックが始まって以来最多となる死者数を記録しています。

ちょうど1年前のサンタモニカの繁華街。ほとんど人がいないことが分かります
ちょうど1年前のサンタモニカの繁華街。ほとんど人がいないことが分かります

なぜ今、ブレークスルー感染が増えているのでしょう。先に述べたようにデルタ株はワクチンをすり抜けて感染する恐れがあり、ワクチンは感染を100%防ぐことができないという前提がありますが、一つは集団免疫に到達できるだけの人がワクチンの接種を終えていないことがあげられます。次に「リベンジトラベル」という言葉が生まれたことからも分かるように、多くの人がこの夏は旅行やイベントに出かけたことで、夏以降アメリカ全体で感染率が850%もアップしたとCNNは伝えています。

その多くがワクチンを接種した安心感から必要な感染予防を行わず人混みに出かけており、ワクチン未接種者も歩調を合わせるようにマスクを着用せずこれまでの日常生活に一気に戻ったことが影響していると思われます。また、先月中旬に新学期を迎えて対面授業が再開されたことでワクチン未接種の子供が感染して家庭内感染を起こすケースも増えており、いつどこで感染してもおかしくない状況になっています。

では、接種後に感染するとどのような症状が出るのでしょう。オランダでは今年4月から7月の間にワクチンを接種した2万4000人以上の医療従事者のうち161人がブレークスルー感染し、その全員が入院を必要としなかったものの85%が何らかの症状が出ていたことが報告されています。一般的に風邪やインフルエンザのような症状を感じる人が多く、頭痛や息苦しさ、思考能力の低下などを訴える人もいます。また、味覚や嗅覚の異常を感じる人もいますが、症状が1カ月以上続く確率は未接種者と比べて半減するとの研究結果も出ており、長期間に渡って後遺症に苦しむことはあまりないようです。

ブレークスルー感染の疑いがある人も検査を受けることでリスクの高い人にうつす可能性を減らすことができます
ブレークスルー感染の疑いがある人も検査を受けることでリスクの高い人にうつす可能性を減らすことができます

一方で、気がかりなのはコロンビア由来の変異種ミュー株がLA郡でもすでに先月21日までに167件確認されていることです。現時点でワクチンの効力がどのくらい低下するのかや致死率など詳細な臨床データがないため、差し迫った脅威ではないとの姿勢を示していますが、世界保健機構(WHO)は「注目すべき変異種」に指定しており、注視が必要です。

日本ではワクチン頼りの政策が目立ちますが、今後は遅かれ早かれアメリカ同様にブレークスルー感染の急増という現実に直面することになるでしょう。また、ワクチン接種が進んでも効果への懸念や副反応への嫌悪感を持つ人は一定数おり、安全性へ疑いや懐疑論を唱える人もおり、ある時点から接種スピードの鈍化が起こることも予想されます。度重なる緊急事態宣言の延長による自粛が経済活動に及ぼす影響は計り知れず、今後は欧米諸国と同様に感染予防と経済活動の両立を目指すことは避けられませんが、そのためにはワクチンだけでは難しいことは明白です。検査体制の拡充や医療提供体制の整備など、次の首相は向き合わなければならない課題が山積みといえそうです。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」、写真も)