1991年に廃線となった同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅跡を利用した「柵原ふれあい鉱山公園」(岡山県美咲町)を訪問後は廃線跡をたどる道程となった。路盤はサイクリング道として整備され「片鉄ロマン街道」の愛称で親しまれている。もちろん美咲町といえば…の卵かけご飯も堪能した。(訪問日は7月9日)
吉ヶ原駅を離れて真っ先に向かったのは、もちろん廃線跡…ではなく卵かけごはん。まずは腹ごしらえだ。お昼時を少し過ぎてお客さんのピークも過ぎたころと、まるで事前に計画していたかのような行動である(笑い)。
向かったのは「食堂かめっち」。訪問時は新型コロナウイルス感染拡大での休業から再開して間もなくだった。定食は、ご飯に生卵、みそ汁、漬物というシンプルな構成でワンコイン(500円)。そして卵とご飯はおかわり自由である(写真1、2)。当然のようにおかわり。体育館や野球場、武道場がある総合運動公園の中にあり、平時の週末は運動前後の家族や若い選手で長蛇の列ができるという。シンプル・イズ・ベスト。美咲町には他にも卵かけごはんのお店がある(※)。
さて戻って廃線跡巡りだ。といっても、この日はマイカー訪問。サイクリング道なので並行する国道から、それらしいポイントを見つけていくしかない。地元の人々からは「かたてつ」の愛称で親しまれる旧片上鉄道は吉井川と国道374号にぴったり寄り添うにようにして走っていたことがよく分かる(写真3)。
もともとは柵原鉱山の硫化鉄鉱を片上港まで運ぶために敷設された。全線開通は昭和初期だが、大正期にはすでに鉱山からの輸送態勢は整っていた。以前も記したが港への貨物輸送を前提とした路線は全国各地とも歴史が古い。現在のように立派な道路もトラックも整備されていない時代、人ではなく、まず重いものからというのは必然の考え方だ。それにしても、川沿いの狭いスペースに線路と国道をよく設置したものだと感心してしまう。
かたてつは道路より1段高いところを走っている。車を止めるスペースの問題もあって細かくたどることはできなかったが、下から見る路盤は鉄道そのものだし、トンネルもそのまま使用されている。
あらかじめ吉ヶ原駅で話を聞いて、まず訪れたのは苦木(にがき)駅跡(写真4~6)。
ホーム跡と改修された駅が休憩所として残る。線路跡は高台にあるため、吉井川の景色が美しい。
場所によっては春の桜がきれいだろうな、と思えるところもある。続いて天瀬(あませ)駅跡。こちらも苦木と同様、かつての休憩所として改修された駅舎がある(写真7、8)。
少し変わった形となっているのが益原(ますばら)駅跡。
付近が和気鵜飼谷(わけうがいだに)交通公園となっていて、ゴーカートやミニSLがあり、その一画に、かたてつの和気駅で使用されていた駅名標と腕木式信号機が移設、保存されている(写真9~12)。つまり益原駅跡とセットで見られるのだ。
この後、かたてつが乗り入れていたJR和気駅まで行ってこの日の道程は終わったが(写真13)、さらに先まで延びていたかたてつの始発駅である片上駅も紹介しなければならない。
今年4月2日に記した赤穂線の旅でも紹介したモニュメントが片上駅跡にある(写真14)。現在はスーパーが建っており、周囲を見渡すと、ここが片上の町の中心だということがよく分かる。ちなみにバスの停留所名は「片鉄片上駅」。
かたてつは今もしっかりと残っているのだ。【高木茂久】
※店舗によって営業日時、営業時間のほか、定食の料金や、おかわりの条件が異なるので訪問の際は確認が必要。