萩市の市街地はその形状と鉄路のコースで、中心部を構成する駅が3つもある。開設された大正期から、それぞれの駅がそれぞれの役割を持っていたようだ。ただ山陽新幹線からのバスルートが優勢になって観光客の動線も変化。定期優等列車もなくなり、無人化が進む。それでも一見の価値ありの駅舎は、鉄道ファンでなくても、ぜひ訪れてほしいポイントである。(訪問は昨年11月4、5日)
東萩の駅に来るのは4度目。5、6年に1度の割合で訪れているが、初めて来た時は、まだ特急「いそかぜ」があった時代だった。これは今や伝説の列車となった「まつかぜ」(※1)の後継として生まれた特急で、益田~長門市間で停車するのは東萩のみ。青春18きっぷの私には高根の花だったが、急行も消滅した中(※2)、1日1往復の優等列車が孤軍奮闘の印象が強かった。(写真1~5)
そんないそかぜも2005年で運行を終え、優等列車は消滅したが、東萩は玄関口としての役割を担ってきた。駅舎も駅前ロータリーの規模も、それにふさわしいものだったが、今夏にみどりの窓口が営業を終了。観光案内所がきっぷ販売を担う簡易委託駅となり、みどりの券売機も設置されなかった。訪問は11月だったのでみどりの窓口営業に、ギリギリ間に合わなかった。かつてを知る者としては微妙に緑色が残る窓口とガランと広い駅舎内が少し寂しい。
◆東萩12時53分→玉江13時2分
日本海に沿って走る山陰本線だが、萩の中心部では趣を異にする。萩の街は2つの川の三角州の中に形成されており、敷設の際、町中を走らせるスペースはなかったのだろう、レールは2つの川の外側を市街地を取り囲むように走っている。そのため中心部へ向かう駅が東萩、萩、玉江と3つある。そして4度目の萩訪問となるのは前述した通りだが、中心部にはほとんど行ったことがない(笑い)。用件があるのは駅が主なのでそうなる。日光に行ってもJRと東武を乗り換えるだけの人間なので、そのようになってしまう。ただし玉江は初訪問。1日1本だけと貴重な東萩始発の長門市行きに乗車。(写真6~8)
かつての急行停車駅で萩は通過していたが当駅は停車していた。東萩が文字通り萩市街の東側にあり、萩は南側、当駅は南側にあるので山陰本線で西側から来たり向かったりするための利便性が考慮されたと想像される。2つの高校の最寄り駅で生徒の利用も多い。駅舎はおそらく開設された大正期からのものだろう。1面1線のホームが駅舎より少し高いところにある。駅前に目を引く、いわゆる「駅前食堂」があった。実においしそうだったが、ここで時間をかけると次が不安なので、後ろ髪を引かれる思いで駅前のバス停に向かう。
◆(バス)玉江駅前13時19分→萩駅・観光協会前13時32分
萩駅へ向けて乗り込むのは「萩循環・まぁーるバス」である。名前から想像できる通り、市の中心部を循環する。2つのコースがあり、30分ごとの運行。市民の足としてはもちろん、主な観光地を細かく回るので観光客にも便利なバスである。しかも料金は一律100円。ただ周回は一方通行で玉江駅から萩駅へはバスで10分ほどだが、逆はとんでもなく時間がかかってしまう。先に玉江に行ったのは、そんな事情からだ(もっともバスコースではない線路沿いの県道を行けば徒歩でも30分ほどだと思われる)。(写真9、10)
萩駅は過去も訪れたが、何度来ても素晴らしい。無人駅ながら美しい駅舎で、登録有形文化財。西から延伸してきた山陰本線(当時は現在の美祢線の一部だった)は大正末の1925年春に当駅までたどり着いた。その半年後の東萩延伸まで、わずかな間の終着駅だった。改修は施されているが、ほぼ当時のまま。もちろん現役の駅だが、観光ポイントにもなっている。実は駅の部分は左側の一部で右側のほとんどは資料館。鉄道関係の資料も展示されているので必見だ。(写真11~14)
ここで約1時間の列車待ち。食事にはちょうど良い時間だったが、駅前の食堂は休み。同じく駅前の観光協会で、どこか近くで食事できるところは、と尋ねたところ、歩いて数分のお店を教えていただいた。いつも書いているがローカル線旅の難敵のひとつは昼食。助かった。(写真15、16)
さて萩という全国的に有名な観光地になぜ優等列車が走らず、普通列車も1日数本しかないのか不思議に思われる方もいるだろうが、これは萩観光のスタート地点が新幹線の新山口駅へとシフトしたからである。
小郡から名を変えたあたりから、新山口には多くの速達型新幹線(のぞみなど)が停車するようになった。新山口から萩の中心部にあるバスセンターまで、最も早い「スーパーはぎ号」で1時間5分。普通便でも1時間15分。現在はコロナ禍にシフトしたダイヤとなっているようだが、それでも両者合わせて12~13往復が運行されている。このバスは東萩駅にも乗り入れるが、観光客にとっては町外れにある東萩駅より中心部にあるバスセンターの方が便利に決まっているし、何よりスピードでは勝負にならない。そもそもスーパーはぎ号の一部はJRのバス会社が運行を担っているのだ。現在の萩の玄関口は事実上バスセンターになっているとも言える。ただ私はそんな「不便な旅」が結構好きである。【高木茂久】(写真17~19)
※1 「まつかぜ」は京都から博多まで、山陰本線全区間を走破した上、関門トンネルを経て博多に至る特急で所要時間は13時間半。大阪から日本海沿いを進んで青森までの13時間を走った「白鳥」と並ぶ名物の昼行長距離座席特急だった。その後、大阪から福知山線経由に改められ、国鉄末期の系統分割で1986年に米子~博多の「いそかぜ」が、益田以西を走る特急として登場したが、末期は益田~小倉間に運転区間が変更されていた。1度消えた「まつかぜ」の名称は03年に鳥取~益田の「スーパーまつかぜ」として復活。現在に至る。
※2 JR移管後も益田~長門市間には「ながと」「さんべ」の2本の定期急行列車が走っていた(江崎、須佐、奈古、東萩、玉江に停車)が、90年代に運行を終えている。





















