「サピエンス全史」(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出文庫)という上下巻を熱心に読んでいる男性の食道がんの患者さんがいました。彼は、命の期限が迫っていることを承知していました。「人間という生き物は厄介な生きもの。とんでもなく悪いことも、とんでもなくかっこいいこともします」

【死を受け入れる】

彼の病室は、いつも柔らかな空気が漂っていました。死を受け入れているのだなと思いました。「いくつか失敗したけど、今から考えてみれば失敗なんか大したことではありません。十分、人生を楽しませてもらいました」と語っていました。

「サピエンス全史」の下巻の途中で、彼の寿命は尽きました。最後まで読み切れなかったのが残念。しかし、最後まで枕元に本がある生き方に、本好きのぼくはとてもひかれました。

ぼくだったらどの本にしようか。堀辰雄か、中原中也か。そんなふうに今から考えています。覚醒とまどろみを行ったり来たりする終末期に、本が付き添ってくれると思うと、死への不安が少し和らぎ、うまく逝けるような気がします。

鼻から胃にチューブを通したり、胃ろうをつくる方法を彼は拒否。「口から食べたい」と希望し、胃ろうは置かないと自分で決めた。流動食をとることに納得していました。病院の栄養士が病室を訪ね、ブリのおすましなどもきれいにうらごししたものを食べていました。最期は、お子さんやお孫さんに囲まれて、おだやかに逝きました。