【ブルーペナント〈25〉下編】高校時代から“今がすごい”を更新し続ける佐野海舟

ドイツ・ブンデスリーガの舞台でコンスタントに出場するだけでなく、圧倒的なパフォーマンスで攻守に欠かせない存在となっている佐野海舟(25=マインツ)。5月15日に発表されたFIFAワールドカップ2026(W杯)北中米大会に臨む日本代表にも選出されました。中学生までは岡山県選抜にも入らなかったボランチは今、誰もが驚くような成長ぶりで戦うステージを広げ続け、初のW杯に向かいます。近隣の人工芝グラウンドを使える日が限られ、中国地方で最高峰の大山(だいせん)が見守る土のグラウンドでも多くの時間を過ごした米子北での3年間。当時を知る中村真吾監督(51)に、表からは見えない強みを聞きました。

サッカー

◆佐野海舟(さの・かいしゅう)2000年(平12)12月30日、岡山・津山市生まれ。小学生~中学生時代は地元のFCヴィパルテでプレーし、米子北高へ進む。19年に当時J2だったFC町田ゼルビアに加入し、23年に鹿島アントラーズ移籍。24年夏にドイツ・ブンデスリーガのマインツへ完全移籍した。日本代表では23年11月のW杯アジア2次予選のミャンマー戦でデビューを果たし、12試合に出場(26年3月イングランド戦まで)。176センチ、67キロ。弟はNECナイメヘン(オランダ)でプレーする航大(写真右)。W杯アジア最終予選では佐藤勇人・寿人以来19年ぶりとなる兄弟での代表同時出場も果たした。


◆中村真吾(なかむら・しんご)1974年(昭49)8月28日、島根・益田市生まれ。松江市立湖南中~松江商高に進み、九州産大でプレー。卒業後は母校の松江商で指導し、03年から米子北高でコーチ。16年から監督を務める。米子北は城市徳之総監督が率いた世代から全国高校選手権に16大会連続出場中。プリンスリーグ中国を5度制し、今年は3度目のプレミアリーグWESTに挑む。主な教え子は昌子源(町田)、谷尾昂也(元川崎F)、佐野海舟(マインツ)、佐野航大(NEC)。日本サッカー協会(JFA)A級ライセンス保有。19~20年には日本高校選抜コーチやU-18日本代表アシスタントコーチも務めた。

3月31日、日本対イングランド パスを出す佐野海舟。フィジカルバトルでも堂々と渡り合った

3月31日、日本対イングランド パスを出す佐野海舟。フィジカルバトルでも堂々と渡り合った

高校時代から“違い”高いフィジカル能力

3月31日に日本がイングランド代表から初白星を挙げた歴史的一戦で、数多くのインターセプトや対人守備で日本を危機から救った佐野。イングランドの選手とのフィジカルバトルでも堂々と渡り合い、臆することなく戦い続けるその姿は、見る者に大きなインパクトを与えた。

現在と比べて強度の差はあるが、そのフィジカル能力は高校時代から“違い”が感じられるものだったという。高校時代に指導した中村は「バランス感覚が昔からすごかった」と、体をコントロールする術にたけていたと振り返る。

体幹トレーニングの際、多くの選手は他人に指摘されて自身のフォームが崩れていることを知ることが多いが、周りの人間がチェックする必要がなかった。

「普通は肩や足が下がるようなことが多いけど、それを自分で把握できていた。そもそも体勢が崩れることがほとんどなかったんじゃないかな」

大迫勇也や武藤嘉紀といった元日本代表は「経験を重ねて、より自分の体をコントロールできるようになった」と話していたが、佐野は高校生の時点で高い把握力を持っていた。

18年1月3日、第96回全国高校サッカー選手権 一条戦で前線にボールを蹴る米子北・佐野。当時から足の強靱さは常人離れ

18年1月3日、第96回全国高校サッカー選手権 一条戦で前線にボールを蹴る米子北・佐野。当時から足の強靱さは常人離れ

父が履かせた下駄効果? 常人離れした足指

それを可能にしていた要因の1つとして、中村は「足からくるからなのかもしれない」と挙げた。

スタッフ陣が「めちゃめちゃゴツい」「岩みたい」と話し、中村が「標本みたいな足で、骨格がはっきりしている」と表現する足。父龍一さんが履かせていた下駄の影響もあって得た強靱(きょうじん)な武器が、ブレない体と全身のコントロールを可能にした。

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スポーツ

永田淳Jun Nagata

Aichi

1980年(昭55)9月9日、愛知県生まれ。小3でサッカーを始める。法大卒業後、商社、フリーランスのサッカーライター、商社、外資系半導体メーカーでの勤務をへて、23年4月に日刊スポーツ新聞西日本に入社。日本サッカー協会B級ライセンス保有。日本アンプティサッカー協会技術委員長。X(旧ツイッター)は@j_nagata