今年を振り返って、最も印象に残ったのは『笑顔の力』です。10月にアジアパラ大会を観戦するため、インドネシアのジャカルタを訪れました。そこで接したボランティアに心を打たれました。みんな笑顔を絶やさず、優しく、柔らかく語りかけてくる。不慣れな大会運営にたびたび戸惑いましたが、この笑顔には大いに癒やされました。

国民にまだバリアフリーという考え方がなく、ボッチャの競技場の通常トイレは和式のようで意表を突かれました。案内された仮設トイレは、風通しの良い通路に設置されていて、3方向をベニヤ板で囲み、入り口は透けそうなカーテン。仕方なく入ったらカーテンがピラピラと開いてしまう。するとボランティアがすぐに駆けつけて「私が待ってるね」と満面の笑みで、押さえてくれました。

ハードは整備されていませんが、ボランティアの数が多く、みなさん嫌な顔ひとつせず、献身的に動いてくれる。これが『おもてなし』なんだと感心しました。どんな研修を受けたのか気になって1人に聞くと、研修期間わずか1日で、あらゆる状況に笑顔でいられる練習をしたと答えました。これは意外と重要なことだと思いました。

限られた研修期間の中で、行動規範や禁止事項を細かく伝えられると、教えられた通りに行動することに気を取られて、融通が利かなかったり、笑顔を忘れがちになります。その意味でジャカルタの「ざっくりだけど笑顔」は侮れません。多少の不備もこの笑顔で対応されると「まあしょうがないか」という気持ちになるから不思議です。

ボランティアは学生中心の若者たちでした。日本で学びたいという学生、政治家になりたいという女性もいました。世界を知りたい、海外に出たい、もっといい生活がしたい……みんな未来に大きな夢を抱きながら、大会を楽しんでいて、そのパワーに圧倒されました。きっとこの国はこれからさらに発展するはずです。

日本では今月、20年東京大会のボランティア募集が締め切られました。無償の奉仕活動に対する批判的な意見もありましたが、大会ボランティアは応募数を超えたようです。開幕まであと1年半。『おもてなし』の国として、今度は私たちが成熟社会のボランティアの力を、世界に示す番です。

◆大日方邦子(おびなた・くにこ)アルペンスキーでパラリンピック5大会連続出場し、10個のメダルを獲得(金2、銀3、銅5)。10年引退。現在は日本パラリンピアンズ協会副会長で、平昌パラリンピック日本選手団長を務めた。電通パブリックリレーションズ勤務。46歳。