女子50キロ級で21年東京五輪金メダルの須崎優衣(キッツ)が、銅メダルを獲得した。

6日の1回戦負けから一夜明けて、オクサナ・リバチ(ウクライナ)との3位決定戦で10-0のテクニカルスペリオリティー勝ちを決めた。2連覇が消えた失意の中で、21年東京五輪後の3年間で単身、修業した世界中の仲間、ファンからの声が支えだった。

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その夜、次々にメッセージが届いた。批判はない。応援してくれる言葉が並んだ。全てに目を通した。1つ1つの声が、須崎を救った。「苦しい2日間でした。周りの方々が背中を押してくれ、立ち直らせてくれた。支えてくださった方々に心から感謝したい」。銅メダルを首から提げたその目は、赤く染まっていた。

6日、2連覇をかけた1回戦で逆転負けを喫した。負傷明けの右肘の影響もあったはずだが、完敗を認めた。そして、沈んだ。「五輪王者の須崎優衣じゃなかったら価値がないんじゃないか」。4連覇を掲げた人生だった。それが壊れ、周囲も離れていくと感じた。

実際は逆だった。届いたのは世界中からの励ましの言葉だった。「須崎優衣という1人の人間を応援してくれている」。その実感に支えられた。それはこの3年間続けてきた武者修行が生んだ絆でもあった。

東京五輪で優勝を飾ると、海外に飛び出した。「もっとレスリングを学びたい、文化を知りたい」。SNSのDMが頼り。少しでも気になれば連絡し、すぐに航空券を手配して飛んだ。ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンなどにも。

米国では練習場で偶然居合わせた総合格闘家で元RIZIN王者アーチュレッタに手合わせを依頼。「急にお願いしたのに、ホームステイしていいと」。翌日の帰国予定を1週間延ばし、練習場付きの邸宅で過ごした。アーチュレッタは「真の情熱を持っている。素晴らしい人間だ」と感銘を受けたと話す。

どこへ行くにも「五輪王者だから歓待される」と思っていた。それは導入に過ぎなかった。関わった人々は1人の人間として見てくれていた。その事実をパリでの敗戦が教えてくれた。「そこに気づけて、私は幸せだと思いました」。

翌7日の3位決定戦。鋭いタックル連発で圧勝すると、胸の前で手を合わせた。「金メダルを獲得する姿を届けられなくてごめんなさいという気持ちと、一緒に戦って応援してきてくれた方々への感謝の気持ち」を込めた。

4連覇の先の人生を聞いたことがある。「ほんとにレスリングが大好きなので、恩返していける人生を歩んでいきたい。そのためにもいろいろな国、世界を知っておきたい」。その望みをかなえるために王者である必要はない。この銅メダルが、そう教えてくれた。【阿部健吾】